第101話 年齢
目次
第100話のおさらい
公園で空を眺めていた響は、涼太郎のブックカフェに立ち寄ると小説の執筆を始めていた。
小論社。
花井は幾田の胸倉を掴み、響に無断で会いに行ったことを無言の圧力で咎める。
一連の暴挙を謝罪し、『お伽の庭』のコミカライズを諦めたこと、響には二度とかかわらないことを誓う幾田。
しかし幾田は諦めてはいなかった。
週刊スキップの安達編集長から『お伽の庭』のネームを絶賛されたのを受け、幾田は鏑木が既に第2話目のネームに入っていることを報告する。
鏑木の描いた『お伽の庭』が傑作であると確信した安達編集長は早急に連載枠を作ることを決めていた。
しかし、安達編集長が、よく響から許可がおりたな、と呟いたところから風向きは変わる。
幾多の様子が明らかにおかしくなっているのを安達編集長はしっかりと感じていた。
幾田はすぐに平静を取り繕い、さも全てが順調であるような説明をするが、それをことごとく怪しむ安達編集長。
そして安達編集長が、花井に会う必要があると言うと、途端に幾田は態度を変える。
「いやっ!」
明らかに慌てた様子の幾田を見て、いよいよ怪しいと感じた安達編集長は、幾田に詳細を話すように促す。
その迫力に、幾田はついに観念した様子で、説明を始める。
その内容、花井を通さずに響と会ったことで花井が腹を立てているという、事実とは異なるものだった。
しかし響からの許可はとっている、と幾田が言葉を結んだのと同時に安達編集長が立ち上がる。
「じゃあ花井に確認を。」
「それは止めて下さい!」
大声で安達編集長を引き止める幾田。
必死な幾田の様子に、安達編集長は幾田が本当に響から許可を得ていないのか、と疑い始める。
腰を下ろし、『お伽の庭』のネームを読み返す安達編集長。
出る感想は絶賛だった。
そして、こんなの読まされたらどうしても連載させたくなる、と幾田に切り出す。
前作『カナタの刀』を2000万部とヒットさせている鏑木の次回作が『お伽の庭』ならば、宣伝にお金を使うため、大きな企画になる、と事態の大きさを幾田に確認していく安達編集長。
マスコミも注目している中、連載直前で中止、連載してから中止となったなら、それはもはや編集部だけの問題では済まない。
とどめに、社会現象になった原作を作者の許可を得ずに使ったことがバレたなら、と、そうなった際の恐ろしさを匂わせる。
しかし幾田は、自分が責任をとる、と覚悟を決めた様子で主張する。
安達編集長はもしこれが本当に無許可なら、この企画が頓挫した際に週刊スキップに与える影響は甚大だと考えていた。
しかし鏑木の描いたネームは間違いなく傑作なので、安達編集長はなんとか載せられないかと葛藤を続ける。
「決まった?」
そこに現れたのは鏑木だった。
鏑木は自分の漫画が果たして連載が通ったかどうかを確認に来ていたのだった。
そして、悩んでいる様子の安達辺主張に、連載の決め手を持ってきたと、第2話のネームを渡す。
安達編集長はそれを読んで第1話のネーム以上の衝撃を受けていた。
そして鏑木に、もしも社会現象を起こした小説を無断で使ったのがバレたなら、漫画家として脂の乗っている今、この時期に、どこの雑誌でも連載が出来なくなる可能性があると忠告する。
しかし鏑木は一切態度がブレない。
幾田は安達編集長に、響は鏑木と似ていて直情的なので、たとえ不満があろうとも周囲に助けを求めたり、裁判に訴えたりしないとの考えを提起する。
「担当の花井を抑えれば…」
9月から連載だ、と安達編集長。
安達編集長は、文芸部が新しく雑誌を創刊する9月に、響の新連載に合わせて漫画版『お伽の庭』を同時に開始すれば話題になると目論んでいた。
「やるなら徹底的に派手にやる。」
覚悟を決めた様子の安達編集長。
鏑木は安達編集長のその表情を満足そうに見つめていた。
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第101話 年齢
『雛菊』の成功に邁進する花井
小論社。
『雛菊』編集の海老原が連載をお願いしている作家に対して言い方に気をつけながらダメ出しをしていた。
不愉快そうに、それならアンタが直せばいい、と呟く作家。
打ち合せを終え、海老原はエレベーターに乗った作家に前半部分の書き直しだけでも今月中にお願いしますと頭を下げる。
しかし返事もせずにエレベーターを作動させて海老原の元を去る作家。
海老原は行ってしまった作家に対し、返事くらいしろ、と悪態をつく。
そして時計を確認すると、作家との打ち合わせは4時間、夜の11時までかかっていたことに気づく。
自分以外に誰も編集部に残っていないだろうと思っていた海老原は、花井が電話で作家と激しくやり取りしているのを見て驚いていた。
深夜まで働いていてもなお、それを感じさせない活き活きとした様子で作家との電話を終える花井。
海老原から家に帰っているかと訊ねられ、花井は、三日前に帰ったとさらっと答える。
「『雛菊』創刊まで本当に日がないからね。」
花井は海老原がやり取りしていた作家、横谷に原稿の修正に納得してもらえたかと問う。
アイツ最悪ですよ、と海老原。
原稿の修正を自分の代わりにやれと無茶なことを言われたことを腹に据えかねていた海老原は、一気呵成に花井に愚痴を言うのだった。
それを受けて、直しを喜ぶ人はいないからね、と平然としている花井。
そして作品を否定されることは人として否定されるのと同じだと作家の立場に理解を示し、横谷は怒りを作品作りに昇華できるから大丈夫、と海老原を励ます。
花井から他の仕事に関する指示を受けて、死んだー、と少々大げさに泣き言を言う海老原。
しかし花井は自分の10倍働いているから死んでられない、と続ける。
「大げさ、倍程度よ。」
さらっと答えて、花井はふと海老原に営業の人間と付き合いがあるのかを訊ねる。
今でも営業に顔を出すという海老原に、『響』関係、特に漫画で知らない動きがないかを気にして欲しいと頼む花井。
同期の漫画編集(幾田)が勝手に『お伽の庭』を漫画にしようとしていた件を海老原に情報共有する。
花井は幾田が『お伽の庭』漫画化に関して、もはや止められないところまで話を進めてなし崩し的に押し通そうとしている可能性を危惧していた。
そんなことあります? と本気にしない海老原に、こうして言葉にするとあり得ない、と花井が返す。
しかし花井は『雛菊』成功の如何は響にかかっており、受験と連載を一挙に抱える響にはこれ以上は余計なことを背負わせることができないので、心配はし過ぎておきたいと続ける。
花井の響次第という言葉に同意を示す海老原。
花井は、仮に『雛菊』が売れなかった場合、新しい雑誌ほど潰しやすいので『雛菊』が休刊の対象になることは必至だと認識していた。
そして、純文学という分野で50年ぶりに創刊した雑誌がすぐに休刊になることで同時に今確実に来ている文芸ブームが終焉の迎えてしまいかねず、次に新雑誌が出来るのは50年後、もしくは文芸というジャンル自体がさらに縮小していくと危惧していた。
花井の見通しを聞いていた海老原は、響に文学の未来が託されていることを改めて認識する。
響さんなら大丈夫ですよね、という海老原に、大傑作を期待していい、と平然と答える花井。
海老原は響の新作について直しを心配するが、花井は直しはないと答える。
花井は海老原に、修正を繰り返して傑作になる人とは違い、響の小説に関しては最初から完成仕切った作品だのと説明する。
もしイマイチだったら? という海老原に、花井は大丈夫、と一切の疑いなく答える。
「あの子には大傑作を期待して良い。」
水面下で進む計画
コミック部。
編集長の安達は一人の営業に、鏑木紫による『お伽の庭』漫画化の話をしていた。
驚く営業に安達編集長は編集部内でもこの件については秘密にしているのだと口元で人差し指を立てる。
幾田は安達編集長の後ろに立ち、その様子を黙って見つめていた。
何かとお騒がせな『響』絡みの案件だと下手な情報拡散を避けなければいけないことに納得する営業。
営業部内でも内密に進めるようにと安達。
しかし宣伝はなるべく派手にうちたいと続ける。
営業は、全力を尽くします! とテンションを上げる。
そして文芸も絡めてコラボ企画も、と息巻く営業に、安達編集長はすかさず釘を刺す。
「文芸担当には特に秘密にしてほしい!」
は? と耳を疑う営業。
安達編集長は『お伽の庭』漫画化に関して、花井抜きで話を進めていることを正直に告げる。
そこまで言うのか? と驚く幾田。
営業から、花井抜きで『響』からどうやって許可を得たのかと質問が出て、当然そう聞く、と幾田。
幾田は、そもそも『響』自身からも許可がとれていないとバカ正直に言うのか、それともネームを見せて強引に納得させるのかと色々考えていた。
安達編集長は、ここだけの話にしてほしいと前置きして続ける。
「響と花井が上手くいってないみたいでね……」
そうなんですか? と営業。
「詳しくは知らないけどやっぱり女性同士だとどうしても感情的になりやすいから、ウチも基本女性作家には女性の編集はつけないよ。」
「どうでもいいことでケンカしてすぐ絶好とかいいだす。」
そして安達編集長は『響』の許可は花井を通さず、自分たち独自のルートで直接もらったのだと答える。
その説明を受けて、花井はクールに見えて直情的な人だから、と納得する営業。
安達編集長は、いずれ花井の耳にも入るだろうが、余計な刺激をしないためにもギリギリまで内密にすることを提案し、営業はそれを了承する。
営業は『お伽の庭』の連載開始スケジュールが9月と、本来ならとっくに『週刊スキップ』の新連載の枠が固まっているはずであることを指摘する。
その週は猪狩さんの新連載のはずだったが、事情を説明して1カ月後ろにズレてもらった、と説明する幾田。
あの大御所の枠をとったのか、と驚く営業。
荒れたでしょう、と心配する営業だったが、幾田は安達編集長と一緒に猪狩の元に行った際、穏便に話がまとまったと答える。
「丸くなったなあ あのおっさんも…」
安達編集長が呟く。
猪狩と鏑木
居酒屋きんたろう。
猪狩と鏑木、そして田中といういずれも漫画家のメンツで飲み会が始まろうとしていた。
全員分飲み物が運ばれてくる。
猪狩はにこやかに、田中の作品『クロックロック』のアニメ化、鏑木の9月からの新連載、そして10月にズレた自分の連載を祝って乾杯の音頭をとる。
今の漫画はレベルが高い、と穏やかな様子で口にする猪狩。
田中の絵の上手さも認めて、20代でなぜあんなに上手いのかと問いかける。
謙遜する田中。
そして、作画がフルデジタルだからかもしれないと答えて猪狩にもパソコン使用を勧める。
猪狩はパソコンを勉強中で、次の連載に間に合うかわからなかったので連載が1カ月ズレたのも有難かったと付け加える。
よかったら教えますよ、と申し出る田中に、今度仕事場遊びに行くよ、と好意的な反応を見せる猪狩。
「なんか……丸くなりましたね猪狩さん。」
それまで黙っていた鏑木がぽつりと呟く。
そうかもな、と猪狩。
そして、鏑木と初めて会ってから10年、40歳を超えてようやく大人になれたかな、と続ける。
それを受けて鏑木は、初対面の時、パーティ会場で別の作家に向けてビールをかけていたと述懐する。
驚く田中。
それは、その作家が原稿を落としたくせにパーティに来ていたためだと答える猪狩。
「昔は何かにつけ怒ってたけど、そういうのも疲れたな。」
怒ることがなくなったわけではないが、周りへの感謝が大きいと続ける。
「支えとか絆とかな。そういうのを漫画にしたい。」
「猪狩さんの最近のキャラはやたら説教くさいっつーか、弱くなってる。」
空になったジョッキをテーブルに置く鏑木。
「衰えたなって思います?」
猪狩は目を閉じ、黙って鏑木の言葉を聞いている。
田中はヒヤヒヤした様子で鏑木に視線を送っていた。
「成長したんだよ。」
猪狩は穏やかに、今の鏑木が自分の行っていることがわからないこともよくわかる、と答える。
そして鏑木と同じ、30手前の頃は自分もそうだったと振り返るのだった。
「納得したら負けだと思ってたな。世の中勝ちか負けかしかないと思ってた。」
「業界はそんな単純じゃない。いつかわかる。」
そんな知った風な説教を聞かされ、思わず鏑木の口から、死ぬまでわかるか、という反論が小さく漏れる。
飲み会を終え、鏑木と田中は街を並んで歩いていた。
猪狩がすごく良い人だったと呟く田中に、年齢ってのは怖いな、と鏑木。
鏑木は田中に、この飲み会の席に田中を呼んだのは鏑木と猪狩がケンカした際の仲裁用だったと告白する。
田中のパソコンで作画うんぬんの話題の際には殴られると思っていたと鏑木。
そして、相手は男性だから護身用に武器も持ってきたと田中にスタンガンを見せる。
「枯れたなあ あのおっさんも。」
落ち着いていて大人だなと思ったという田中に、枯れたら落ち着くしかないと鏑木。
「モノ作る人間が戦わなくなったら終わりだ。」
そして鏑木の思考は『響』の許可なく始まる自身の連載、そしてそれを受けて『響』が何を仕掛けてくるのかに移っていく。
あくまで受験と小説に集中
北瀬戸高校図書館。
机に向っている響に、教師が先日の不審者侵入の件について報告している。
響が被害を訴えるなら学校も被害を公表するし、大げさにしたくないなら殴られた教師は表沙汰にしないのでそれでも良いと前置きし、ようするに学校は面倒を表沙汰にしたくないが、当事者の響が公にするなら反対はできないということだと説明し、どうするかを問う。
「どうもしない。ほっとけば?」
響はノートから目を離さずにそっけなく答える。
教師は一瞬言葉を失うが、もし学校に気を遣ってのことなら気にするなと響に再度呼びかけていた。
自分からすれば響が大作家であっても一生徒であり、不審者から暴行を受けたなら学校が何を言おうが公にして犯人をみつけたい、と言い直す。
「今は小説と受験以外興味ないの。」
教師の熱い主張を聞いてもなお、響の態度は先ほどと些かも変化がなかった。
一心にノートにペンの走らせる。
「ただそっとしておいて。」
感想
響と花井不在で進む『お伽の庭』漫画化
引っ込みがつかないところまで計画を推し進めて、なし崩し的に漫画の連載を開始するのではという花井が危惧していた流れになりつつある。
花井は『雛菊』創刊に向けて余裕は一切ないし、響も受験と新連載の小説執筆が重なってそれ以外のことには関わらない姿勢を見せている。
このままだと本当に花井が気づいたときには小論社として『お伽の庭』漫画化計画は止められなくなってしまう。
安達編集長が営業に頼んでいた”派手な宣伝”で、事態を知ることになるのか?
もしそうならそれは既に引き返せないところなんじゃないのかな?
小論社の著作物の紙面で宣伝している分だけならまだ被害は大きくないけど、もし他の媒体を大々的に使ったら会社として簡単に計画を止めるわけにはいかなくなるんじゃないのかな。
大量の宣伝費を注ぎ込んだら、その回収のために連載しないといけない?
でも世間が『お伽の庭』漫画化に伴い、『響』に許可を一切得ていないことを知るところになったなら小論社は宣伝費の無駄とは比べ物にならないくらいダメージを負うような気がする。
果たして今後どういう展開を見せていくのか楽しみだ。
海老原に営業部への探りを依頼したものの、安達編集長もまた営業部内でも内密に進めるようにと指示した。
すでに水面下で激しい攻防が始まりつつある。
鏑木の信念
「モノ作る人間が戦わなくなったら終わりだ。」
この一言に鏑木の信念が表れている。
鏑木は、戦う姿勢を崩さない人をライバルであり、同志だと思っているのかもしれない。
だから以前はパーティの場であっても気に入らない奴がいたら構わずビールを引っかけるような猪狩がすっかり落ち着いてしまったことが腹立たしくもあり、寂しくもあるのだろう。
しかし今回のタイトルである”年齢”はね……、どうしようもないよ。
年齢を重ねれば色々と衰えるものもある。
でもだからこそ出来る仕事もまだ出てくるんじゃないかと思うんだけどな。
鏑木が求めているのはあくまで年齢に関係なくいつまでも戦う姿勢を忘れない人なんだろう。
たとえば漫画家で言えば、大御所としての地位を確立した後も、新人だった大友克洋先生の作画に嫉妬した手塚治虫先生みたいな……。
飲み会の帰り道、響の許可なしに『お伽の庭』漫画版を連載することで、響が何を仕掛けてくるかを思案している鏑木の背中は、どこか楽しそうに見えた。
鏑木は純粋に『お伽の庭』の世界に惚れ込み、それを漫画化したいというクリエイターとしての強烈な想いだけで動いているので、心情的には一方的に批判し辛いかな。
津久井は『響』の素顔やプライベートを興味本位で表に引きずり出そうとしていたから明らかな敵だったけど、鏑木は違うからなぁ……。
むしろ鏑木の『お伽の庭』漫画を読んだことで、従来小説を読まないような層にも小説が読まれる可能性がある。
いっそのこと響は漫画化に関して鏑木に好きなように描かせてしまえばいいのにと思ったりする。
案外、この響と鏑木の話は和解で終わったりしないかな。
津久井の時とはまた異なる結末になりそうな気がする。
次号も注目だ。
以上、響 小説家になる方法の第101話のネタバレを含む感想と考察でした。
第102話に続きます。
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