第95話 違和感
目次
第94話のおさらい
小論社の外、階段に座っている花井に声をかける幾田。
幾田は花井に、先月完結し、二千万部売れている『カナタの刀』の作者鏑木紫に『お伽の庭』を原作にした漫画を描かせたいと訴える。
しかし花井は、響は人生で一番大切な時期を迎えている、と毅然として断る。
(条件がひとつ、響の新連載を始めること。)
しかしそんな話の脳裏に、社長から提示された”新雑誌の編集長を任されるための条件”がチラつくのだった。
来々軒でのバイトを終え、帰ろうとする響。
店長は響にクビを取り消してバイトを続けていいと告げるが、辞めて進路を考えると答える。
そして店長が高校3年生の時にどうやって進路を決めたのかと質問する。
毎日ダラダラしたりケンカしたりしてばかりでそれが一生続くと思っていた、と店長。
その頃に関して後悔しかないものの、今その頃に戻ったとしても同じように過ごすだろう、と言い悟った表情で、バカだから、とまとめる。
しかし店長は、バカなりにその時その時を本気で生きてる、と付け加える。
「お前は俺と違って先のこと考える頭があんだから、お前なりに本気で考えてみろ。」
なるほど、と相槌を打つ響。
次に響は祖父江秋人に話を聞きに行く。
祖父江は高3の頃は小説は好きだったものの、作家になりたいとも思っていなかったから書いたことはなかったし、そもそも将来を真剣に考えたことすらなかったが、勉強はできたので受験することにした、と答える。
全然、と即答する響。
続いてリカの母からモノを作る人になりたくて芸大に行ったが、卒業すらできなかった、と話すが、今は幸せと振り返る。
納得する響。
学校の教室で、花代子から進路について聞く響。
響は、国立大学は無理だから私立で、東京に行きたいが母から地元の大学に行けと言われているという花代子に、大学で何をしたいのかと問いかける。
サークルと答える花代子。
「えー、せっかく大学行くのに勉強なんてしないよー」
なるほど、と響。
進路は決まったのか、と言う涼太郎からの問いに響は、うん、と答える。
二人の行く先を小論社の幾田が待ち受けていた。
「今、人生を決める必要はないってことはわかった。今はまだ好きなことだけ考える。」
幾田をスルーする二人。
幾田は響の手首を掴んでその足を止める。
「『お伽の庭』を漫画にさせて下さい!」
幾田は響に強く訴えかける。
響を助けるように、涼太郎が幾田の顔を思いっきり殴り倒す。
そんな幾田に響が訊ねる。
「あなたはいつから今の仕事をしようと思ったの?」
幾田は、本当は漫画家になりたかったものの、10年描いて絵が上手くならなくて、それでも漫画が好きだったからと答える。
そしてリュックから『カナタの刀』の単行本を出して再び響にを口説き始める。
「その中でも鏑木紫! この人は10年に一人の天才です! 一巻だけでもいいので! 読んでみて下さい!」
響は幾田を無視する。
「高校の今 将来を決めてその通り進む必要はないみたい。私が当面やりたいこと。外国の小説気になる。海外に行く。」
あきらめたように目を閉じる涼太郎。
響は、悪いが今は仕事に興味はないし、よく知らない何かに自分の小説を預ける気もない、と幾田に言い放つ。
「これからは留学の為の勉強に集中する。」
「高校の残り一年 小説に関わる仕事はしない。」
前回、第94話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
第95話 違和感
追い詰められる花井
小論社会議室。
編集長が窓際に立ち、煙草を片手に外の景色を見ながら呟く。
「50年ぶりに純文学で新雑誌か…… 凄いなあ。」
花井は椅子に座り、その言葉を黙って聞いていた。
編集長は花井に振り返り、自分が花井に胸倉を掴まれて恫喝されたのが2年前だったか、と問いかける。
ありましたっけ? と視線を逸らしつつ誤魔化す花井。
編集長はその時の状況まで詳しく話して、それが本当にあったことだと強調してみせる。
すぐに観念して、すいません、と謝罪する花井。
編集長は特に気にした様子も、根に持った態度も見せず、たった2年で花井が言ったように本当に革命が起こった、と口にして再び窓の外の景色に視線を移す。
「あの頃想像しなかったことが次々に起こってる。花井ちゃんは凄いよ。」
凄いのは私じゃなくて、と答える花井に、編集長は笑顔を作る。
「花井ちゃんがいたからこそだよ。それで、響ちゃんに連載の話はした?」
少しの間の後、花井は響は高3と大切な時期、と連載の話を持ち掛けてはいないことを匂わせる。
編集長はそれを特に咎めることはしない。
そして、祖父江秋人が50を超えても尚、面白い小説を書くが、代表作が10年前の『欠ける月』であると前置きして、わかってるだろう、と切り出す。
「作家には創作のピークがある。響は今が作家としてのピークだろう。」
花井はその言葉に、思わず編集長の顔を見る。
成長して失くす感覚はある、と断言する編集長。
18歳の女の子が年を経て同じ感性を保っているとは思えないので、響には今こそ創作をさせるべきだと続ける。
「のん気に成長を待ってる場合じゃない。1年後には今のセンスは消え失せてるかもしれない。」
花井は席を立ち、編集長の元に真っ直ぐ向かうと、両手でその胸倉を掴む。
無言で睨み合う編集長と花井。
花井はゆっくりと手を離すと一言、失礼します、と言って出口へ向かおうとする。
「新雑誌の創刊は4か月後、9月を予定してる。」
花井の背中に向けて編集長が声をかける。
自分は昨年の内に新雑誌創刊の準備にとりかかりたかったが、社長がタイミングを図っていたため伸びてしまい、スケジュールには全く余裕はない、という編集長。
「花井ちゃん。今日、響に連載の約束を取ってきて。」
返事をすることなく、花井は会議室を出る。
海外留学の意思
北瀬戸高校の図書室。
響は海外文学の棚の前に立っていた。
おもむろに一冊の本をとり出し、適当にページを開いて英字の羅列を見つめる。
その本が気になるのか? と響に声をかける涼太郎。
響は、全然、と答えて本を閉じる。
表紙が可愛いと思ったが、何を書いているか全くわからないと言って棚に本を戻す。
「海外にも小説はあるのよね。なんでだろ、今まで全然気づかなかった。」
日本の小説で読んでない作品はいくらでもあるだろ、と言う涼太郎に、海外の方がもっとある、と響。
「海外かー。」
顔に手を当て、天を仰ぐ涼太郎。
そして涼太郎は、留学先の国は決まったかと響に質問する。
うん、と答える響。
職員室。
響からイギリス留学の意思を聞き、教師は驚いていた。
響は特にリアクションすることもなく、どうしたらいいの? と訊ねる。
教師は、これまで受け持った生徒で海外留学した子はいなかった、と頭を抱える。
しかしすぐに、イギリスに行きたいなら調べておく、と訂正し、英語の勉強に精を出してくれと続ける。
よろしく、と立ち去ろうとする響。
教師は、ひとつだけ聞きたい、と前置きして、日本に響の小説を待っている人が大勢いるのに、なぜわざわざ海外に行くのか、と語気を強める。
響は、海外の小説を読みたいから、と即答する。
そして、その国のこともわかっていた方が理解しやすいので、今は海外が気になる、とさらに詳しい理由を続けて述べる。
なんでイギリスなのか、英語を学びたいならアメリカ、カナダが有名じゃないのか、と質問を重ねる教師に、質問二つになってる、と突っ込む響。
「まずは英語。次にオランダ語、ドイツ語、フランス、イタリア……色んな国の小説を読んでみたい。」
その言葉に、教師は口をぽかーんと開けて呆気にとられていた。
「……そんな次々と、言葉なんか覚えられるものか……?」
「わかんない。わからないから言ってくる。」
その決してブレない姿勢に、教師は天才ってこういうものか、と俯く。
「俺には、とんでもないアホにしか思えない……」
花井、リカから事態打開のヒントを得る
北瀬戸駅北口。
腕組をして立っている花井。
この先どうすべきか頭を抱えていると、携帯が鳴る。
電話先の相手はリカだった。
花井はリカの連載に関して掲載誌が変わるかもしれないという話題から、純文学の新雑誌を創刊するかもしれないこと、そのために響の新連載を始めることを話していく。
「実は今 北瀬戸駅まで来てるんだけど、どうしよう……」
花井は再び頭を抱える。
リカは雑誌の創刊が響の動向次第というとんでもない展開に呆れていた。
響のために仕事の話を断り続けてきたのに、どうして連載の話を持っていく事ができるのか、と花井はリカに自身の苦しい心の内を吐露する。
リカが海外生活の中で執筆しているエッセイも大変だが、小説の連載を受験生ができるのか、と花井は弱り果てていた。
黙って花井の愚痴を聞いていたリカは、響の未発表作品があればいいんだよね、と花井に確認する。
花井は、あくまで連載が条件なので、ある程度の長さの作品じゃないとダメで、文芸部で書いた短編はそれに該当しないと答える。
リカは暫く黙っていたが、北瀬戸駅にいるという花井に向けて、ひとつ確認して欲しいことがある、と切り出していた。
高校生の時に、あくまでごく小さな違和感ではあったが響のことに関してひっかかっていたことがあったのだと意味深な流れで話を進めていく。
リカが言わんとしていることが一体何なのか、響に何を確認すればいいのか、と問う花井に、リカは確認に行くのは別の人のところだと行き先を伝える。
未発表作の有無
ブックカフェ。
涼太郎がカウンターをはさんで二人の女性客と会話している。
提供したタルトが好評で、それを切り口に女性客が涼太郎に積極的に迫っていく。
店のドアが開き、涼太郎がいらっしゃいませと挨拶をする。
花井がリカに教わって訪ねたのは涼太郎だった。
花井さん? と涼太郎は意外な様子で花井を見つめている。
二人の女性客は突如現れた花井の存在感に注目せざるを得なかった。
(何この……わたし仕事できますオーラ全開の女。)
(胸でか 肉まんでも詰めてんのか。)
涼太郎は店内に入っていく花井に向けて、響は中華屋でバイト中だと声をかける。
その言葉を聞いて、二人の女性客は響の幼馴染の涼太郎に取材に来た記者だと察し、涼太郎がキレるからやめた方がいいと口々に止めるのだった。
花井は彼女たちの方を一瞥すらせず、無言で人差し指の先だけ動かすしぐさをして涼太郎を呼び寄せる。
戸惑いつつも、涼太郎は花井の元に近寄っていく。
その一連の流れに二人の女性客は色めき立つ。
(うわ なんかエロ。)
(この手いいな わたしも使お。)
涼太郎の顔の至近距離で、花井が訊ねる。
「響が『お伽の庭』の前に書いた小説があるの?」
感想
長編作はあるのか?
受験の時期を迎えた今、響に仕事をしてもしなくてもいい、という立場をとってきた花井。
しかしそれだけに、連載の話を切り出すことなんてまともな人間であればとてもできない。
でも若くして新雑誌の編集長になるチャンスはもう回って来ないし、どうにかしたいという花井の苦悩がその表情から滲み出ていた。
リカから聞いた違和感を一縷の望みとして、意を決して涼太郎に響の未発表作品について訊ねたところで今回の話は終了、と。
うーん、これ多分、完成している長編作品がある流れなんじゃないかな。別に根拠はないけど。
単に、この流れでさすがに全く無いということにはならないでしょ、ってだけ。
『お伽の庭』を書き上げたあと、長編作を密かに書いていたなんてことになるのか。
短編執筆もあったし、『漆黒のヴァンパイアと眠る月』も書いていた。
それにプラスして密かに長編作を執筆していた?
高校生で時間があるならそれくらい何とかなりそうな気もする。
最初は、もし他に既に書き上げた長編作があるとしたら、『お伽の庭』以前なのかなとも考えた。
でも、確か『お伽の庭』が初めて書いた小説だったはずだから、やはり『お伽の庭』以後の作品ということだろう。
仮にあったとして、発表できるのか?
ただ、仮に作品があったとしても、それは響からしたらあくまで習作という扱いなのかもしれない。
リカにも花井にも作品が完成したことを報告していないし、そもそも完成していたなら、少なくともこの二人には読んでもらうはずだ。
だから、クオリティに納得がいってないからという至極真っ当な理由で世に出すことを彼女が望まないという展開は充分あり得ると思う。
それに、仮にきちんと完成させた作品であっても、それを連載という形で発表することに響が首を縦に振るのかな……。
「小説はこれからも書く。だから、それをどうするかは、ふみに任せる。」
3巻に収録されている第17話で、響は花井に対してこう言ってる。
この言葉が生きてるなら花井がやろうとしていることもありなのかな……。
リカが言っているように、もし作品を書いたことを響が一切言っていないなら、それは触れるべきではないことなのかもしれない。
一方で、花井の一世一代のチャンスだということを花井自身が真剣に説き、作品がきちんと響自身が納得する形で完成しているものであれば、なんとかなりそうな気もするんだよなあ……。
花井が新雑誌の編集長にどうしてもなりたいことを訴えて通じるかな?
響からしたら花井の出世自体は多分そこまで興味がない。
でも花井を大切な人だと認識していると思うので、ムダに悲しませたくはないはず。
そうなると仮に響が作品の発表に難色を示していても話が通る可能性が……?
響の在り方
もし響が発表したくないというなら、それはどうやっても覆らないのがこれまでの彼女の在り方だった。
まだ響に未発表の作品があるとも、仮にその作品があって、彼女がそれを発表したくないとも決まってはいないが、もしそれらが現実のものとなった時に、花井の頼みを聞き入れるのか、それともこれまで通り自分を押し通すのかは見てみたい。
前回で「高校の残り一年 小説に関わる仕事はしない。」と宣言したから、花井の頼みもそれに該当するとしたらダメなのかなやっぱ……。
高校入学直後と比べれば、少しは融通利かせてもいいと思うんだけど……。
でも絶対に自分を曲げないのが響の響たる所以だからなー。
普通の人と同じことをやったら、彼女の魅力は著しく低下してしまう。
小説の天才で、人間関係の機微もそこそこ理解するようになって、自分が折れることを覚えたとしたら、つまらないと思う。
もしそうなったら編集長が言っていた10年後も同じ感性を持ち続けることができない、という不吉な予想が当たることになる。
そういう凡人の考えを全く物ともせず存在するのが真の天才だろう。
響には我が道突き進んで欲しいな。
気に入らないことは全部拒否でいいよ。
それがどんなに自分のメリットになることであっても気に入らなければダメ。
そういえば職員室での教師とのやりとりで、響が言った”色んな国の小説を読んでみたい”という言葉から、世界中の建築物を見て回った安藤忠雄氏を連想した。
今は言葉が全然わからないかもしれないけど、他言語って一つモノにすると次に新しい言語を学ぶ速度が上がるって聞いたことがある。
響は元々勉強は出来るほうだし、多分、彼女ならなんとかなるんじゃないかと思った。
彼女のブレない姿勢は接している者に有無を言わせずそう思わせる迫力がある。
だって彼女自身、もうやるって決めて、それ以外のことが見えてないんだもの。
こんな状態の人間に他人が何を言っても、どうやっても止められるわけがない。
次回以降も響には揺るぎない感性や天才っぷりを見せつけて欲しい。
以上、響 小説家になる方法の第95話のネタバレを含む感想と考察でした。
第96話に続きます。
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