第89話 推理合戦
目次
第88話のおさらい
北瀬戸高校では、涼太郎が一年に暴力を振るったことが噂になっていた。
昨年、一昨年も似たようなことがあったという噂も立ったこともあり、文芸部は”そういう人が行くところ”扱いされかけていた。
典子とかなえは咲希の教室を訪ねる。
実は、咲希は新学期が始まって以来、まだ部活に顔を出していなかった。
典子とかなえは無断でいなくなった響をボロクソにけなし始める。
弁当を食べながらそんな二人のやりとりを聞く咲希。
その脳裏では、リカがフィンランドに旅立った日の、喫茶店での花井とのやりとりが思い出していた。
実は、響は騒動が起こった翌日には既に飛行機に乗り、リカがフィンランドに住む予定のアパートに入っていたのだという。
その上で北瀬戸高校を退学し、それが世間に知られればマスコミのせいで響を退学に追いやった流れになるので、日本に戻ってからも追いかけづらくなるだろうという計算の元での行動だった。
文部科学大臣の加賀美大臣が教育委員会に口をきいてくれる為、退学後、即復学という荒業が出来ると花井に説明され、咲希は唖然とするのみ。
響が間もなくフィンランドから戻ってくる事も知らず、典子とかなえは響に関してボロクソに悪口を言いまくるのだった。
職員室に部室の鍵を取りに来たヒロトとミユ。
しかし鍵は既になく、二人は文芸部部室へと向かう。
二人が部室に入っていくと、ソファには寝ている響。
ヒロトとミユにはそれが誰なのか分からない。
部員でないのなら出て行ってくれ、というヒロトとミユの言葉を無視し、響はソファから一行にどこうとしない。
ヒロトは響に似てると思いつつも響をお姫様抱っこの要領で強引に持ち上げる。
そこに、突如現れた涼太郎がヒロトの右頬めがけてパンチを食らわせる。
床に倒れたヒロト。その顔を、今度は響が蹴り上げる。
何が起こっているのか分からず絶句するミユ。
涼太郎は響に、二人は昨日入部した一年であり、不審者は追い出す様言いつけてあったと説明する。
なるほど、と答えて響は二人に自己紹介する。
「はじめまして。文芸部3年、鮎喰響よ。」
ワイドショーでは、響が”失踪”してから1カ月。
現在はどこにいるのかという話題が取り上げられていた。
ボードには”お伽の庭 累計600万部”と書かれている。
マスコミのせいで退学したという世間の言説を踏まえ、作家が公人か否かという議論はそこそこに司会者は反省した態度を見せる。
「どこまでお伝えしてどこで控えるか、情報リテラシーというものを我々も改めて考え直したいと思います。」
「そして響さん、もし今この番組をご覧のようでしたら、可能なら、再び学校に戻るという選択もあるのではないでしょうか。少なくとも当番組は学校への取材は控えさせて頂きます。」
その時、カンペを持つスタッフが慌てた様子で司会にカンペを見るよう促す。
そこに書かれていたのは”響復学”だった。
「それで!? 中継はある? 本人の映像は?」
慌てて問いかける司会者。
しかし、さきほど見せた反省の弁に対し、、一番初めに拍手を始めたコメンテーターが、えっ、と声を上げる。
「あ…いや。」
司会はさきほどの学校に取材しないという自分が言った言葉を思い出す。
「えーそうですね、本当に喜ばしいです… えーと… 以上、次のコーナーです。」
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第89話 推理合戦
犯行
文芸部部室では、二人の女子生徒が保管されている書類を無造作に床にばらまいて何かを探していた。
「やっぱ先に盗られたんだよ!」
「ウソでしょ…? そんな偶然ある!?」
チャイムが鳴り、二人の女子生徒は限界を悟って部室を出る。
その際、戻していくヒマはない、と部室に出入りする為の鍵を床に捨てていくのだった。
二者面談
雨が降っている。
3年2組の教室では二者面談が行われていた。
響と机を挟んで向かい合って座っているのは男性教師。
男性教師は腕組をして、目を閉じて何かを考えている。
その様子を見て響は、言いたいこと言えばいい、と素っ気なく声を掛ける。
男性教師は手元の資料を見ながら切り出す。
「教師生活35年、定年目の前になって、またとんでもない生徒を受け持つことになったもんだ……」
担任教師は響の2年までの成績が文系は優秀で、横浜市立は合格圏内であり、頑張り次第では横浜国立や青学、上智、早稲田も狙える、と続けてから、資料を閉じる。
「……普通の生徒ならこういった話をするが、芥川・直木を受賞した小説家となると…」
受験勉強よりAO入試や、無理せず入れるところに入ってもいいし、と言葉を出すのに苦しんでいる様子で、おでこに手を当てて次の言葉を考える。
その様子をぼうっと見つめている響。
「……それともうひとつ。」
再び教師が切り出す。
それは響の出した本の印税のことだった。
男性教師は『お伽の庭』が1400円の単行本400万部、600円の文庫本200万部、600円のライトノベル2冊が70万部と50万部で作家の取り分10%で印税を計算し、その結果を見て机に突っ伏す。
「7億5千万……」
露見
教室を出た響を涼太郎が廊下で待っていた。
二人で廊下を歩きながら、二者面談がどうだったかという話をする。
響が教室を通り過ぎる際、そこにいる生徒が皆、響について話しているのが二人の耳には届いていた。
マスコミは減ったけど注目されるのは変わらない、と涼太郎。
涼太郎は、この先、下手したら一生そうかもしれないから、将来、海外に行く方がいいかも、出来れば英語圏で、と続ける。
部室に着いた響と涼太郎を待っていたのは、花代子による響の原稿が盗まれたという報告だった。
部室の中は床に書類が散乱し、足跡がついており、明らかに何者かが荒らした痕跡が残っている。
「ロッカー全部荒らされてるんスよ!」
かなえが呟く。
30分前に、最初に来たのは私たち、と手を上げたのはミユ。
放課後に職員室に鍵を取りに行ったら鍵は既にそこにはなく、誰かが来ているのかと部室に来てみたらこの通りだった、と説明する。
そして、鍵はそこに落ちてます、と付け加える。
典子曰く、荒らされているロッカー内の原稿を確認した結果、響のものだけが無くなっていたのだという。
涼太郎は、原稿を自宅に持ち帰っていないかと響に訊ねる。
してない、と響。
それで泥棒の仕業だと確信する文芸部一同。
ヒロトがかなえに、鍵が職員室にかけてあることは誰でも知ってるのか、と訊ねる。
特に隠していない、とかなえ。
しかし職員室の鍵置き場は文化部の部室専用なので、体育会系の人間はあまり知らないかも、と続ける。
ヒロトの推理
典子も、1年もまだ入ったばかりなので知らないのでは? と付け加える。
「文化部用か…」
顎に手を当てて考えているヒロトに、犯人を推理してるのか? とミユが問いかける。
ヒロトは、ホームズとか好きだから、と自分の行動の理由を説明する。
海外小説が好きだっけ、とミユ。
「それで犯人はわかりそう?」
何かひっかかる所はあるんだけど、と浮かない浮かない表情のヒロト。
小説みたいにいかないよね、とミユが呟く。
「そもそも私達1年は入学してまだ3日で学校のこととか何も知らないし。」
「響さんだって目の前にしてもまだ実感わかないしねえ…」
ミユの何気ない一言を受けて、ピンと来たヒロト。
「そっか……嗣郎さん! 犯人がわかりました! 自白させるのを手伝ってください!」
ヒロトの言葉に思わず呆然とする花代子、典子、かなえ。
合唱部に来た文芸部の部員たち。
響達は、合唱部で鍵の位置を教えたのはこの二人、と合唱部の先輩から1年の女子生徒二人の紹介を受けていた。
女子生徒二人は響達とは顔を合わせない。
嗣郎は文芸部部員たちの中で一歩前に出て、顎を上に向けて二人の女子生徒を見下す様に睨みつけていた。
「警察に突き出されるか、素直に原稿返すか、ここで俺に殺されるか、どれか選べ。」
ごめんなさい、響のファンで、と頭を下げる二人の女子生徒。
典子は、どうしてわかったのかとヒロトに問う。
ヒロトは犯人は文化部で鍵の位置を知っている1年だと最初から指摘していた。
鍵を使っているから文化部だと思うけど、という典子にヒロトは、問題はどうして今日盗みに入ったのか、だと答える。
響の再入学が昨日だから、という花代子に、退学がわかったのは一昨日であり、響が北瀬戸高校の生徒だと報道されたのは一か月以上前だとヒロトは説明を続ける。
ヒロトは、その間には春休みを挟んでいるので、盗むのであれば人の少ない学校の新学期が始まる前がベストにもかかわらず、なぜ学校が始まってから盗みに入ったのかと前置きして結論を出す。
「答えは一つ。『学校が始まるまで盗むって発想がなかったから』」
新入学の1年生で、文化部の鍵の場所を知っている人間は僅かです、と続けるヒロトに、違うんです! と待ったがかかる。
合唱部部員の1年女子生徒の二人は響の原稿は既になかった、と必死に説明する。
咲希の推理
咲希は文芸部部室に一人残り、現場を確認していた。
外は雨が降っており、室内には足跡が残っていることに注目する咲希。
放課後の今なお残るということは、盗みに入った時間は昼休み以降、と推理していく。
今度は反対側で荒らされているロッカーに視線を移す。
そこに、部室の入口に立っている響が、推理してるの? と話しかける。
咲希は、はい、推理小説が好きだから、と答える。
「でも犯罪現場とか初めて見るから、なんだろう…何か違和感あるんだけど。」
涼太郎は、響が戻った途端にこの騒動だと、やはり海外に行く方がいいのかな、と呟く。
それを受け、響は、フィンランドでも問題は起こった、と答える。
「どこにいようと、誰といようと、私が変わることはないからね。」
フィンランドで何したんだ、と呆れ顔の涼太郎。
咲希は響に、響が今いるところの窓は最初から開いていたのかと問いかける。
肯定する響。
咲希は窓を開けて、桟を確認する。
響は咲希に、元々戸締りなんて文化は文芸部にはなかった、窓は昨日から開いていたのでは? と声をかける。
「真犯人がわかりました。」
確信した様子で呟く咲希。
答えあわせ
咲希が先頭に立ち、文芸部部員一同はグラウンドを行く。
咲希は、犯行は今日の昼過ぎと昨日の夜の合計二件あったと説明する。
文芸部のロッカーと戸棚には扉に中に何が入っているのかを分かりやすくするためのシールが貼ってある。
しかし犯人はロッカーと戸棚以外も全て開けて中を漁っていた、と咲希。
「考えられる状況はひとつ。犯人は『夜』暗闇の中探した」
夜だとしたらどうやって閉まっている部室に入った? という典子の質問に、咲希は、窓から、とシンプルに答える。
窓の桟にハシゴをかけた跡が2つあった、と咲希。
そして、犯人については先ほどの合唱部の1年による”2件目”と同じく、1年だと特定していたのだった。
彼が家からハシゴを持ってきたとは考えにくい以上、学校にあるものを使ったのだとすれば、この学校でハシゴを管理しているのは陸上部だけ、と続ける。
新入生で用具室の鍵の場所を教えたのはこいつだけ、と陸上部の上級生に説明されて、金色に短髪の男子生徒が出てくる。
「文芸部が何の用スか。俺何もしらねースよ! 何か証拠でもあんのかよ!」
響はその1年に、問答無用で股間に蹴りを食らわす。
そして、悪いけど後はお願い、とその場を去ろうとする。
「原稿返せコラぁ!!」
シロウはその1年生の胸倉を掴んで凄む。
1年生はすぐさま謝罪し、売れるかな、と思ったと理由を説明する。
「咲希、1年、楽しかった?」
響は、咲希とヒロトに訊ねる。
負けたみたい悔しいけど楽しかった、とヒロト。
咲希も、はい、と答える。
そして咲希は何かに気付く。
「……響さん ひょっとして。」
「私もよ。」
響は笑顔を浮かべる。
「フィンランドも楽しかったけど、日本も楽しい。」
「先のことは場所じゃなくて何をしたいかだけで考える。」
咲希は、ひょっとして、と切り出す。
「響さん、犯人わかってました?」
感想
響の日常は変わった
響はとりあえずはマスコミからの取材攻勢を切り抜けた。
しかし既にあの『響』であるということを全校生徒に知られてしまった。
これが響の日常に変化を与えないわけがなかった。
今回の話もその一つと言える。
前回の話、つまり作中においては昨日から、こういう事態がないよう部室の鍵を閉めるようになったというのに、早速原稿を盗まれてしまった。
前途多難というか、ネタが尽きないというか……。
今後も何かしらのトラブルに響が巻き込まれていき、文芸部部員と一緒に解決していくパターンの話が多くなっていくのだろうか。
作品として、大目標が特にないからどんな話になるか予想が出来ない。
積極的に賞を目指すとかそういう単純な話じゃない。
この作品は、あくまで響という一人の天才を描くための話だ。
『お伽の庭』が600万部、『漆黒のヴァンパイアと眠る月』が120万部売れているが、その後の響は作品を精力的に発表しているわけではないようだ。
とはいえ、作品を作ることに対してそこまで貪欲な姿勢を見せていないのはいつものこと。
これまでも、『お伽の庭』は木蓮編集部に自分の価値観を確かめてもらうために書いた話だったし、『漆黒のヴァンパイア』に関しては成り行きで書かざる得なくなった作品だったから、積極的に作品を作らない姿勢はこれまで通りと言えばこれまで通り。
前述した通り、響を取り巻く変化した日常を描いていくのも面白いけど、小さくてもいいから次の目標を示してもらいたいなーと思った。
次か、最低でもその次あたりの話でそれを期待したいところだ。
優秀さを見せる文芸部部員
今回の話で、響は言うまでもなく、咲希、ヒロトも文芸部の優秀枠という認識を深めた。
あと、今回に限らずあまり出張らない涼太郎も優秀か。
咲希はきちんと推理小説好きの面目躍如といわんばかりの思考能力を見せたし、そもそも響は咲希に謎を解かせる為のヒントを咲希に与えて、咲希が答えを出せるよう誘導したっぽい。これは頭が良いだけでは出来ないと思う。
ヒロトも負けた気分と言っていたけど、きちんと二つ目の文芸部部室への盗みに入った女子生徒を当てたんだから大したものだ。
そういや、地味にミユも優秀だったなぁ。ミユの台詞でヒロトが2組目の犯人に気づいたわけだし。
とりあえず、今回の話で何か問題が起こった際に頭脳で解決に貢献していくであろうメンバーがわかった(笑)。
でも花代子、典子、かなえの活躍も見たいなー。
響がバレたことでトラブルがどんどん舞い込むはずなので、彼女たちのトリックスターとしての役割は一旦やめても良いと思う。
実際、典子は文芸コンクールで受賞したし、そういう予想外の活躍が花代子とかなえにもあることを期待する。
響の進路
響にはまだ高校生の次の道に関して、全くピンと来ていないようだ。
二年の時の担任に対しても、時期が来れば決める、と言ったけどその時と同じかな。
でもその頃より雰囲気は落ち着いてきた気がする。
暴力を躊躇しない癖は健在だけど、先輩としての風格は出てきた。
1巻から読み直すと分かるけど、響は着実に変わっていってる。
そんな彼女は、一体どんな進路を選択するのだろう……。
小説を書くことは決して辞めないだろうけど、何か、案外普通の仕事に就くような気がするんだよなー。
じゃあそれがどんな職業なのかと問われたら全然答えられないけど……(笑)。
イメージはないけど、周りが思っているような進路は選択しなさそうな感じ。
『お伽の庭』の印税はほぼ無いに等しいとしても、『漆黒のヴァンパイア』の分の印税に関しては多分普通にもらっていて、親に管理してもらってると個人的に思っている。
それに作品を出せば売れるポジションを獲得しているので、響は人生においてお金の心配はほとんど無いと言って良いと思う。だからアグレッシブに生きて欲しいところだ。
彼女はどこまでも予想を裏切ってくる存在だと思うし、実際良い意味で裏切って欲しい。
今後、個人的に響の進路を物語の重要な一つの見所として注目していく。
まだまだ3年は始まったばかり。この先、どんな話が読めるかな。楽しみだ。
以上、響 小説家になる方法 第89話のネタバレを含む感想と考察でした。
90話に続きます。
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