第70話 咲希
※前話69話のあらすじのみ。第70話はスペリオール発売後に後日追記予定。
目次
第69話のおさらい
響は、一ツ橋テレビの社長の小指を握りながら、5カウントしていき0を数えた時点で折っていく、収録を止めない限り指全てを折るまで続けると津久井に宣言する。
津久井は響が、自分たちのケンカの当事者ではない人間に対して迷惑をかけることがあっても危害を加えることはないと響の脅しを跳ねのける。
響のカウントを待つ津久井。
もしも社長の指を折ったなら響はただの狂人だと目を鋭くする。
カウントは進む。
ついに響が0とカウントしたその瞬間、ボキ、という骨折音がスタジオに響く。
そして響は再び5カウントを始める。
カメラに撮影を止めるように指示する津久井。
本物だと思っていた響がただの狂人でしかなかったと失望し、響に退散を命じる。
響は薄く笑い、世の中に本物が少ないと津久井の言い分に共感を示す。
お前もな、と短く返した津久井に響は、堂々と宣言する。
「私は響よ。」
呆れる津久井に対して響は、津久井は最後まで響の事を本物だと思っていたその感覚を信じるべきだったと言い、あと1分後には私が折れるしかなかったと脂汗を浮かべながら笑う。
津久井の言う通り、関係のない人間の指を折るわけがないじゃない、と響は小指を折れた自分の左手を掲げる。
「最後まで自分を信じられなかったあなたの負け。」
花井と、いつの間にかスタジオにいた涼太郎が響に駆け寄り涼太郎のペンで花井がハンカチで響の小指に添え木をする。
侵入者だから脱出する、とその場を去ろうとする響を廣川が止めようとするが、響は涼太郎と笹木を伴ってスタジオを後にする。
床に座りこみ肩を落とす津久井に局長は謹慎減給は覚悟しろ、と声をかける。
警備員に見つかり、響をいち早く病院に行かせるために涼太郎は警備員と小競り合いになるが、響はこの女が涼太郎に話がある、と笹木を指さす。
もういいわよ、と突っ込む笹木。
前回、第69話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
第70話
その後
11月24日の響による一ツ橋テレビへの殴り込みの後、響ドキュメントは正式に制作完全中止となる。
津久井は減給3か月謹慎1か月の懲戒処分を受ける事に。
何故か響ドキュメントの収録スタジオに居合わせていた涼太郎は、実は夏休みに響の事を付け回していた七瀬に声をかけ、特番の話を聞いていたのだった。
公園の噴水前に廣川と津久井が腰かけている。
「生放送じゃなく収録にしたのはどうして?」
廣川が隣に座る津久井に問いかける。
津久井は、生放送だとどれだけ事前準備をしても響に対応出来ないため、と答える。
完全に力負けだ、と空を見上げる廣川。
「本当に、あいつはカッコ良かったな……」
津久井はニヤリと笑い、立ち上がる。
「さあ次だ。」
おう、と廣川も続く。
響ドキュメントの制作及び放送が無くなっても、「漆黒のヴァンパイアと眠る月」は当初の予定通りに作者が「響」であることを発表した上で12月25日にアニメ化発表と同時に小説も発売された。
高校文芸コンクールへの参加
響が一ツ橋テレビに乗り込むひと月前、リカから部長を引き継いだ花代子が張り切り、文芸部部員一同で高校文芸コンクールに参加すると部員たちに宣言していた。
「かよちゃんどうしたの」
珍しい花代子の様子にきょとんとした表情で涼太郎が問いかける。
部長って呼んで、と花代子。
花代子は、文芸部の創作活動が少なすぎるため、今後は部としての活動にも力を入れていくと熱弁する。
おお、かよ体制だ、とカナエが呟く。
花代子は部員たちに、印刷した応募要項を読んでおくようにと言い、11月25日締め切りで全員参加だと念を押す。
ヤベー、私の才能がついに世に出る! とテンションを上げるノリコ。
賞金でるんスか! というカナエの質問に花代子は応募要項を見ながら賞状と盾があると答える。
カナエは、マジで! いらねえ! と即答する。
シロウはひっそりと、オレも? と呟く。
「私はいい。今小説を書く気分じゃないから。」
響は文庫本に視線を落としたまま花代子に向けてさらっと伝える。
「ダメ! 全員参加です!」
毅然とした表情で響を見つめる花代子。
「部長命令です! わがままは許しません。」
アンタよく私に言えるわね、と突っ込む響。
咲希は一人、黙り込んで手元の応募要項をじっと見つめる。
新しい推理小説創作に燃える咲希
市立柚木図書館。
咲希は「ミステリーを学ぶ」「ミステリーの書き方」などのノウハウ本や、綾辻行人の「水車館の殺人」など推理小説をテーブルに積み上げ、ノート開いていた。
しかし、作品作りには集中出来ていなかった。
昨年、芥川賞、直木賞といったそうそうたる賞を受賞してきた響を意識する咲希。
(正直、いまだに響さんがあの「響」だって事に現実感ない。)
(「私だって」とも思えない。今の自分の作家デビューだって想像つかない。)
(でも、高校生文芸コンクール。)
咲希は、100年前に既に推理トリックの基礎は完成されていると言われるが、自分がこれまでの法則を守った上で全く新しいトリックを考える、と意欲的に作品作りに取り組む。
高校文芸コンクール締め切り間近
響一ツ橋テレビ乗り込み事件後。
夕方。
北瀬戸高校の校庭のベンチに響が俯き加減に座っている。
道に落ちている落葉、どんぐり、夕刻の空を飛ぶ鳥。
響はベンチから立ち上がる。
文芸の部室では咲希が長机に向かって作品作りに没頭していた。
咲希は、ふう、と一息つく。
「最後の展開までまとまった。あとはラストエピローグ。」
色々なパターンのプロット書き出そうと熱心にペンを走らせる。
(締め切りは今日中 何とか間に合うかな。)
その時、部室の入口の戸が開く。
そこにいたのは響だった。
「あら咲希。」
響が先客の咲希を見て呟く。
「……響さん。」
咲希は少し驚いた様に響を見つめる。
まだ残ってたの、という響の問いに、はい、文芸コンクールの小説を書いてて、と答える。
響は、そう、私も、と棚から原稿用紙を取り出す。
咲希は思わず立ち上がる。
そして一瞬の間の後、響に問いかける。
「響さんもコンクール用の小説書いてたんですか?」
これから書くの、と原稿用紙に視線を落としながら響は答える。
響は咲希と同じ長机を挟んで斜向かいに座って原稿に向かっていた。
原稿を一心に埋めていく響の様子を咲希はじっと見つめる。
2時間
暗闇の空に満月が登る。
部室の壁にかかっている時計の針が20時に差し掛かろうとしている。
咲希は右手で自分の顔を覆う。
(2時間経ったのに。全然進まない。あの「響」と同じ机で小説書いてるなんて……)
「できた。」
響は笑顔で手元の原稿を見つめる。
その光景を見ずにはいられない様子の咲希。
「もう8時か。咲希ももう帰らないと怒られるわよ。」
響に声をかけられ咲希は、はい、とだけ答える。
響、咲希を本屋への寄り道に誘う
歩道を響と咲希が二人並んで歩く。
涼しくていい夜ね、と響が咲希に話しかける。
咲希は響と何を話したら良いのかわからず戸惑う。
「あの、涼しいですね…」
どこか不自然な咲希の様子を見た為なのか、響が咲希に本屋に寄っていいかと問いかける。
響と咲希は本屋の中を二人で練り歩く。
「咲希は月に何冊くらい本買うの?」
響の何気ない質問に、咲希は内心、試されているのかと思いつつ、慎重に答える。
「あの…お小遣い少なくてバイトもしてないので新刊買うのは月に2、3冊くらい……」
「わかるわ。私もそれくらい。」
本棚に視線を固定したまま響が答える。
咲希は思わず、え? と声を上げる。
「響さんはだって本の印税が。」
「私に入ったのは2万くらいよ。」
「は…?」
響は一冊の本を手に取り、咲希に視線を向ける。
「新刊読みたいけどお金ない時の裏技教えてあげる。」
響の特殊能力? そして手に取っていた本は……
ウラワザ? と不思議そうな表情をしている咲希に、響は、立ち読み、と短く答える。
「立ち読み…え? あらすじを…?」
咲希は呆然とした様子で呟く。
響は手元の本を見つめながら、パラララ、と高速でページをめくっていく。
ページをめくり終わると、一言。
「なるほど。」
その光景に戦慄する咲希。
(嘘でしょ。速読っていっても、10秒…15秒程度で?)
「……今ので、本当に。」
咲希は呆然としながら問いかける。
「全部読めたんですか……」
(これが、響……)
「まさか全然。」
響はさらっと答える。
きょとんする咲希。
「冗談よ。本はちゃんとお金を払って買いましょう。」
響は目を閉じ口元を引き上げる。
「咲希、前にも言ったでしょ。私は神でも仏でもない。ただの響さんよ。」
響の言わんとしている事を察した咲希は、それでも響さんはすごいです、と呟く。
「だから、文芸コンクールで賞をとったら、響さんに近づけるかなって……」
響は咲希をじっと見つめる。
「……みんな本当賞とか好きね。一年前を思い出すわ。」
手元の本を平積みの棚に戻そうと手を伸ばす。
一年前? と問う咲希に、あの時は文芸コンクールじゃなくて芥川賞だったけど、と咲希に返しつつ、本を戻す響が小さく声を上げる。
「えっ。」
「あ!」
響が声を上げた直後に咲希も何かに気付く。
響が何気なく平積みから手に取り、そして戻した本はリカの新刊「竜と冒険」だった。
感想
リカの新作
夏の合宿で、小説を書く前に、一つ習作を肩慣らしに書いておきたいみたいな発言をしていたけどキチンと新作を書いていたんだな。
高校3年で2冊目。めちゃくちゃ凄い。
当然、響は買うだろうな。
響と花井との絡みがほとんど無くなって久しいけど、花井はリカと仕事してたんだな。
リカもそうだけど、花井も響にリカが新作を書いているとは言わなかった。
響に刺激を与えようとそれとなくリカの執筆の様子を伝える、という考えが花井の脳裏に思い浮かんだとして、花井に全くその選択肢を選択するつもりが無く現在に至るとしたら、やはり響の事が良く分かっているんだろう。
響が誰かへの対抗心から創作意欲を燃やす事はあり得ない。
果たして、響に一切内緒で書いていた「竜と冒険」を響はどう評価するのか。
次の話で分かるだろう。楽しみ。
コンクールの結果が出た後の咲希の変化が気になる
高校文芸コンクールに関しては、やはり響が獲っちゃうんだろうなぁ。
今回の話を読み進めていく内に、ひょっとしたら、高い目標を掲げて意欲的に作品に取り組む咲希が獲る展開か? と思ったけど、響の小説の書き方はレベルが違った。
着想が降りて来るのを静かに待って、降りて来たものを一気呵成に書き上げるという響の創作風景は最早、天才の業としか表現しようがない。
響の執筆する一部始終を目撃したであろう咲希にはショックが強かったものと思われる。
特に、厳然たる事実として、わずか2時間で作品を書き上げたのを目の当たりにして、それでもなお、今後、咲希は文芸への熱意を持ち続ける事が出来るのだろうか。
この一連の経験は一体、咲希をどう変えるのか。
少し前述したが、咲希は今回の話でこれまでとは違う推理小説の創作に意欲的な姿勢を見せた。
この目標を掲げるだけでも非凡なのに、熱心に創作に取り組むその姿勢から、部員の中でも響を除けば最も才能があると言っても良いと思う。
シロウにドロップキックをかますなど、初登場時から若干響に似ている感じがあった。
しかし、響と咲希では明らかに役者が違う事をこれから咲希は改めて思い知らされるのだろう。
咲希が文芸を続ける動機が好きだからなのか、それとも飯を食っていきたいからなのかで、コンクール後に咲希の文芸への姿勢がどう変化するのかが変わってくる。
ただ好きだからという事なら続けるだろうけど、飯を食っていきたいなら中原のように折れる可能性はあり得る。
まだ若いから、響という高すぎる理想を目指すことで実力を伸ばしていく事も出来るのかな、と思うけど、世の中には才能の違いを感じて自らの理想に折り合いをつけるために取り組んでいるモノを辞める選択をする賢い若者はいて、そして咲希はその賢い人間だと思うんだよなぁ。
咲希の文芸好きな姿勢はどちらかと言えば「ただ好きだから」っぽいんだけど、あまり自信が無く、とりえがない自分には文芸しかない、と思っている節が見受けられるから、ひょっとしたらこれで飯を食っていくしかないかも、と考えるようになったかもしれない。
というか、ベストセラーを出した響を前にして確実に意識はしていると思う。
果たして咲希の運命や如何に。
以上、響 小説家になる方法第70話のネタバレを含む感想と考察でした。
第71話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。
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