第137話 変換
目次
第136話 迷路のおさらい
矢印の先
モニター室で矢印を発見したエマとレイは、それが示す先へと進んでいく。
矢印は一つだけではなく、ところどころで二人を導いていたが、まるで堂々巡りをしているかのように同じようなところに来てしまう。
矢印のモニター室には32回、モニター室自体にはすでに154回来ていた。
同じ場所でありながら、しかし少しづつ違う部屋に辿り着くこの空間は複雑極まりない迷路と言えた。
部屋に一切の法則性を見出すことが出来ないでいた二人は、この空間を脱するための糸口すらつかめていなかった。
時間や物理法則までもが不安定なこの空間では、一瞬で幼児になって、すぐに戻ったりと来た者を嘲笑うかのような特性がある。
レイはこの空間にいることは幻覚か夢の類なのではないかと疑うほどに参っていた。
二人は腰を下ろし、休憩する。
「こんなことができる〇〇ってそもそも一体何なんだろう」
おずおずと訊ねてきたエマに対してレイは、知るかよ! とイラつきながら開けた缶詰を手渡す。
そんなレイの様子からエマは、この空間に来て以来、彼がだいぶ参っていることに気づく。
レイは自分の分の缶詰を開けながら、これまででわかってきた”七つの壁”の正体についてまとめ始める。
まず北へ10里
つぎに東へ10里
つぎに南へ10里
つぎに西へ10里天へ10里 地へ10里
砂の間で矢が止まり
日が東へ沈むとき
地が哭き壁は現れる彼と我らを隔つもの
即ち七つの壁なり
レイはこの伝承にかんして、全部同じ距離なら元の位置に戻ってしまう、というトーマの言葉や、ノーマンが、七つの壁という場所はない、と言っていたことを挙げ、多分そういうことではないと呟く。
レイは”彼と我らを隔つもの”という一節を挙げ、これまでで〇〇が自由に超えていて自分たちが超えていないのは何かという疑問をエマに投げかける。
「……空間と…時間?」
レイは以前、寺で見た立方体と砂時計のマークがヒントであったことに気づいていた。
東西南北天地は空間を表わしており、”砂の間で矢が止まり”は時間の静止、さらにその後半は時間を指しているのではないかと推理を続ける。
”前後左右上下”6面+時間は計7つの世界を規定する”物理的限界”であり、つまり”時空”という”物理的限界”こそが”七つの壁”の正体だとレイは結論する。
エマはその壮大さに圧倒されていた。
”壁は現れる”という一節にかんして、何がどう現れるのか、そして迷路を抜けるためには時空を超えなくてはいけないのかと疑問を呟き、そして頭を抱えてしまう。
レイは”砂の間で矢が止まり日が東へ沈むとき”という一節は時間を止めて巻き戻すことを表わしているのではないかと睨んでいた。
しかしそんなことが人間にできるわけがなく、それができても”壁”をどのように越えるのかわからないとレイは弱気だった。
「”七つの壁”の見当はついた でも益々どうすりゃいいかサッパリだ…」
そんなレイの様子に、エマも不安げな表情を浮かべる。
そしてどうすればこの迷路を脱出できて、さらに”七つの壁”を超えて〇〇のところに辿り着けるのかと自問する。
早くこの迷路を抜けて、〇〇を見つけて帰らないと、ノーマンの計画阻止に間に合わないとレイは焦っていた。
「…それにこの迷路 迷えば迷うほど感覚がおかしくなってくる」
レイは気を抜いたら最後、今がいつでどこにいるのか、自分が何なのか、現実か悪夢かを見失いそうな感覚に襲われていた。
砂漠
部屋に入った二人は、その部屋が何か違うと感じていた。
ドアを開いた先がすぐ壁で行き止まりになっており、どこにも繋がっていない。
ふと、傍らの観音開きになっている窓を見つめるレイ。
それを開くと、二人の目の前には砂漠が広がっている。
二人が開いたのは砂漠上に点在している家具のひとつだった。
砂漠には家具のほか、風車があちこちで地面に刺さっている。
太陽が昇っており、遠くではいくつもの砂嵐が巻き起こっている。
ようやく見たことのない場所に出ることができたとレイ。
エマは”砂の間で矢が止まり 日が東へ沈むとき”という一節を思い浮かべていた。
「ここ砂も太陽もあるよね…」
そして時間を止めて巻き戻すことが出来れば、とあたりをじっと観察する。
遠くにある砂嵐に向けて矢を撃ってみることをエマがレイに提案する。
ダメ元でもいいから試そう、と肯定するレイ。
「うわっ」
エマの体が急速に縮んでいく。
どんどん幼くなっていき、ついには乳幼児に近い状態になってしまう。
これまでには見られなかった状態変化にレイは焦っていた。
幼いエマを抱き上げ、さきほどの部屋に戻ろうとする。
しかしエマの顔にまるでパズルのピースのような亀裂が生じ、次の瞬間エマの体は全てパズルになって風によって空に舞い上げられていくのだった。
その後、いくらエマのことを探しても見つからないことに気づいたレイは、力が抜けてしまったように地面に跪く。
(ああ…もう…俺は)
次の瞬間、今度はレイが急速に年をとっていく。
顔中には深い皺が刻まれ、手の平も老人のそれだった。
そしてレイは、自分の周囲に無数の鬼の幽体のようなものが蠢いていることに気づく。
レイはそれらを見て、6つの天井絵の最後の”昼と夜”の絵に鬼が描かれていなかったのは、つまりこの迷路に来た鬼もまた昼と夜の世界には辿り着けず、ここで朽ちていったそのだと理解していた。
「俺は誰だ」
レイは自分を見失いつつあった。
(ごめんエマ…ノーマン もうだめだ俺は…)
(エ…何だ…誰だそれは…誰――)
「レーイ!!」
倒れたレイのすぐそばの家具から子供のエマが飛び出してくる。
「私わかったかもしんない!!」
第136話 迷路の振り返り感想
反転攻勢
どうやらエマとレイは、七つの壁の謎に関してかなり核心に迫っていたようだ。
迷い込んだ空間の特性から、寺院の壁画絵がこの空間を表していることに気づいた。
すげーな。俺ならこんなの絶対気づかない(笑)。
しかしその上で、どうしたらいいのかがわからないわけだ。
それも無理もない話だろう。
だって時空を超えることが必要になってくるって、一体どんな難問だよ……。
最後に辿り着いた砂漠は、ペン型端末から得られた七つの壁に関するヒントを実行できるかもしれない場所のようだ。
つまり、エマとレイはここまで正しい順路を進んできたということらしい。
しかしここからレイはエマと別れることになり、さらに自分もこれまでにないくらいに年老いて、自分が誰なのかすらわからなくなってしまった。
自分が誰なのかもわからないようになってしまうというのは、つまりレイは相当な長期間、この空間を彷徨う錯覚に襲われているということだろう。
あまりに絶望的な状況にレイがついに倒れたその時、消えてしまったはずのエマが現れた。
エマのこの感じだと、おそらく空間の謎は解けるのだろう。
この空間にやってきてから絶望しかなかったが、ようやく反転攻勢となるようだ。
この謎を解くことが七つの壁を越えることだとしたら、〇〇のところまであと一歩のところまで来ているということか。
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第137話 変換
エマの仮説
レイの老化は急速に、もはやエマの記憶さえも失いかけていた。
砂漠に倒れたレイを、鬼の亡霊が取り囲む。
その時、幼児の姿のエマがレイの名を叫びながらレイの近くの家具から飛び出す。
「私わかったかも!!」
そんなエマに対し、あんだって? と聞き返すレイの反応は老人そのものだった。
しっかりしておじいちゃん、とエマはレイを平手打ちすると、途端にレイは気を取り戻す。
それを同時に元の年齢に戻るのだった。
エマは自分を本物かどうか疑うレイに本物だと答えて、この空間はレイが言っていた通りだと続ける。
「”七つの壁”は時空でここは不安定で鍵は脳なんだよ」
レイはエマの言葉を理解できなかった。
それを察したエマは、順序だてて説明し始める。
この世界は時空が非常に不安定である。
そして、この世界はその全てが自分たちが知っている光景で繋がっている。
今自分たちがいる場所は、自分たちの意識、無意識とリンクしているということ。
つまりこの世界には現在進行形で自分たちの意識が介入しており、これからさらに意識を介入させていくことも出来るとエマは結論する。
「は!?」
レイにはエマの発想が信じられなかった。
しかしエマは、要は脳次第なのだとレイに根気強く説明し続ける。
「私達が気づかなかっただけでこの場所ならできる この場所だったら時空も越えられるんだ」
エマの仮説に根拠を求めるレイ。
エマは、ない、と断言するものの、すぐに言葉を付け加える。
「でもさっきちょっとできた」
先ほどエマが赤ちゃんにまで幼児退行したのは、彼女自身が時間を巻き戻すことを強く考え、それが止まらなかったためだった。
逆に、なぜレイはつい先ほどまで死にかけるほど急激に老化していたのに、今は元の年齢に戻ったのか。
エマに問いかけられ、レイは考える。
(引き金は俺の意識?)
しかしレイには、今、自分を取り囲んでいる荒涼とした砂漠に見覚えがない。
(「また10里もクソもねぇな」)
ふと、自分のセリフを思い出す。
そしてそれをきっかけに、自分の意識が伝承の影響をモロに受けていたことに思い至る。
”10里”という伝承の中のキーワードから、レイは広い場所を探していた。
”砂”も伝承にあった単語だった。
目まぐるしく幼児や老人に年齢が変わるだけではなく、荷物や服もその時々でバラバラだった。
これらの事実から、レイもエマと同様に、すべては潜在意識の投影という仮説に至るのだった。
エマは自分たちが迷っていたのは、わからないというこの世界に対する意識が強く作用し、この場所をきちんと認識できていなかったためであり、本来この場所には正しい姿があると見ていた。
「それはきっと時間を止めて巻き戻したら現れる それがきっと『壁が現れる』ってことなんだ」
「ね できるよ 信じて 想像して」
エマはレイと手をつなぎ呼びかける。
「さあレイ ちょっくら時間を止めて巻き戻そう」
この世界の正しい姿
レイはエマの飛び抜けた発想に思わず笑みをこぼす。
「お前本当におかしいぞ」
そう笑うレイの容姿は、いつの間にか幼児のエマと同じくらいの年齢に戻っていた。
試してみる価値はあるでしょ、とエマはレイに笑みを返すと目をそっと閉じて二人で集中する。
二人が互いに向き合い、目を閉じて集中を始めると、まもなく先ほどまでずっと回転していた風車が停止する。
空に浮かんでいた太陽は膨張していき、辺りに散在していた家具や風車が舞い上がっていく。
そして砂漠の砂もいつしかなくなり、辺りからは急速に樹木が伸び始める。
エマとレイが目を開けた時、すでに辺りは一変していた。
そこは四方を格子状の平面に囲まれた、閉鎖的な空間だった。
これがこの空間の正しい姿なのか、とレイ。
エマも、これが伝承にあった一辺10里の立方体なのかと呟くのだった。
(マジでできた… マジで意識が空間に干渉いているのか)
レイはこれまでの体験に伴う考察をまとめるために、一人自分の世界の中にいた。
エマを置いてけぼりにして、ブツブツと一人で何やら呟く。
しかしその時間はわずかだった。
「なぁエマ ひょっとすると〇〇は――」
レイは自分の考えをエマに述べようとした時、視界に何かを発見する。
「おいアレ…」
レイの指した場所には、妙な物体が浮遊している。
格子状の立方体。
その真ん中にも立方体が収まっており、さらにその立方体の内側に黒い球体がある。
二人はその物体を見つめていた。
そしてレイが気づく。
「いや…これ…”穴”だ…」
王都へ
楽園の射場では、GF、GV組が的めがけて銃を撃っていた。
銃弾は的の真ん中を貫いていく。
オリバーたちの正確な狙撃の腕をシスロやバーバラが褒める。
その光景を見ていたヴィンセントも、猟場の脱走者だけではなく、彼ら全員が訓練を受けており、想定以上の戦力になるとの判断を示していた。
なぁボス、とノーマンに同意を求める。
ノーマンはヴィンセントの言葉に同意しつつも、彼らはあくまで後方支援だと素っ気ない。
そしてすぐにギーランたちの動向を問いかけ、話題を変える。
ノーマンの質問に対して、順調に全て計画通り、とヴィンセント。
「アレの用意は? 使えそうか?」
ヴィンセントは即答する。
「恐らく間に合うと思う」
「では我々も動こう」
「目指すは王都」
乗馬したノーマンを先頭にして、バーバラやザジ、そして大勢のアダムに似た男たちが続く。
「進軍する!」
第137話 変換の感想
クリア
まさかこの世界が何でもありだったとは。
でもそれがわかったところで、すぐさまこの世界のありのまま、正しい姿を見ることが出来るというのは、エマとレイの集中力を物語っていると言って良いのではないか。
今回の謎は二人で協力することで解けた。
レイがその論理的思考で”七つの壁”が時空であると考察し、それを元にエマがその豊かな創造的発想でレイの考察を発展させた形で答えを埋めた。
良いパートナーだわ。
エマの言う通り、この世界には正しい形があった。
新たに認識できた世界はこれまでとは全く異なるものだった。
その空間デザインは、まさに次元とか時空という感じ。
そして二人の前に現れた立方体の中にある”穴”。
これは入口なのか? 〇〇の元へ通じている?
とりあえず二人は正解に至った。
〇〇に会う時は近いのだろう。
行動開始
ノーマンたちが王都への出兵を開始した。
ノーマンはこれまで農園を攻める際の自分と4人の側近の合わせて5人という戦力ではなく、それ以外に大勢の兵隊を引き連れていた。
この兵隊たちはまるでアダムのようだ。おそらく彼らはラムダで力を得た実験体たちなのだろう。
アダムは鬼に対して瓦礫を投げるなどの戦い方をしていたので、実際に接近戦を行ったらどうなのかはわからないが、少なくとも普通の食用児よりはまともに鬼と戦える筋力を持っていた。
最後に出てきた大勢の兵隊たちも、アダムと同じく戦力として優秀だろう。
心強いと同時に、こんなに実験体の数がいたことが痛ましい。
ノーマンは自分たちに一切の犠牲を出すことなく鬼を絶滅させることを最高の目標としている。
しかしメタ的に言って、食用児が鬼と一切戦わない展開というのはあり得ないだろう。
戦うことになれば、おそらく最前線に立つであろうこの実験体たちに最大の犠牲が生じる。
そしてノーマンは後方支援だと言っていたが、GF、GV組も戦力として求められそうな気がする。
そして気になるのは、ノーマンが言っていた”アレ”。
ノーマンには何重にも用意した策があるようだ。
この戦いには確実に自分たちの存亡がかかっており、失敗は出来ない。
自分たちは無血で、しかし鬼を絶滅させるという理想を大真面目に宣言するのはそのための準備はしているということと同時に、そうありたいという願いも込められていると思う。
しかし勝負は頭で考えた通りには動かない。
想定しきれない事態に際した時、ノーマンの真価が測られる。
緊迫していくノーマンの鬼との戦い。
〇〇の元へ向かうエマとレイ。
そしてムジカたちを救おうと動いているドンとギルダたち。
気になる展開が同時進行で続いていく。
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