第83話 勝負
目次
第82話のおさらい
ホールでは表彰が続く。
会場のスタッフは式の継続に安堵しつつも、三年連続で受賞した藤代が賞を受けた後、すぐに会場の外へと出て行ったことに関してもう一人のスタッフと話していた。
会場の外で一触即発状態で向かい合う藤代と響。
その様子を、会場に駆けつけていたマスコミが注目している。
藤代はなぜこんなところにいるのかと響を強い口調で詰る。
そんな藤代をビンタする響。
マスコミたちはその瞬間を写真に収める。
藤代は響に殴られたショックで先程の勢いがなくなり、意気消沈していた。
そんな藤代に何故自分を殴ったのかと響が迫る。
藤代は、何故大臣を殴ったのかと響に問いかけるが、響は、言えない、と一言で拒否する。
もういい、と去ろうとする藤代に、響は先程と変わらず自分は何故藤代に叩かれたのかと問う。
修羅場を前に夢中でシャッターを切るマスコミ達。
藤代はついには響の威圧感に泣き出しつつも、響が式を壊したと答える。
その言葉に、あなたも会場にいたのか、と響があっさりと言い放つ。
藤代はその言葉にむっとし、響の右頬を張る。
再び藤代の頬を張り返す響。
藤代は響の身勝手な行動に対し、周りの人の気持ちを考えたことがあるのかと問いかける。
あまりない、と力なく答えた響に対し藤代は、最低、と一言吐き捨てる。
「今日の式を大切にしてる人がいるなんて思わなかった」
その言葉に再び怒った藤代は響の頬を張るが、今度は反撃しない響。
項垂れながら、ごめん、と謝るのだった。
ずっと響と藤代のやりとりを見ていた女性記者が、芥川賞直木賞W受賞の『響』なのかと響に訊ねる。
響はその質問は無視し、藤代に名前を問う。
名前を聞いた響は藤代の小説を読ませてもらうと言い、その場から去ろうとする。
藤代は響に、本当にあの『響』なのかと問いかける。
響は周りのマスコミに聞かれないよう藤代の顔に自分の顔を寄せて、うん、と答えて藤代から離れていく。
藤代はその背中を呆然とした様子で見つめていたかと思うと、突然大声で響に呼びかける。
「私『お伽の庭』大好きです!」
藤代の言葉をきっかけに動き出す記者達。
響は藤代の脳天に拳骨を落とした後、その場を逃げ去る。
マスコミ達は響の逃げ足の速さに驚きながらも必死に響を追いかける。
もはや響が『響』であることをマスコミから隠すことは無理な状況になっていた。
会議室Aでは、リカが文化連の重役たちに賞の取り消しを迫っていた。
規定では既に取り消しは出来ないという答えに、リカはすかさず、例外を作りましょう、と返す。
響を特別扱いできないという前橋会長の言葉に、リカは必死になって響の特殊性を訴える。
その訴えを汲んだ前橋会長は、授賞式後の会議で『11月誰そ彼』の受賞取り消しを提案すると答える。
礼を言うリカに、響の事を隠すにも限界があると忠告する前橋会長。
リカは高校の間隠せれば、その後はどうとでもなると答える。
その時、リカのスマホに花井からの電話が入る。
その内容は、小論社に『響』の素性は北瀬戸の鮎喰響かという問い合わせが殺到しているというものだった。
さらにリカ達のいる会議室にも、スタッフから同様の報告が上がる。
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第83話 勝負
『響』が大臣を暴行したことの衝撃が広がっていく
ワイドショー。
司会者が元議員のゲスト丸山に10日後の民自党総裁選で優勢な候補について質問をする。
それに対し、現時点ではわからないと答える丸山。
モニターには3人の各候補者別に拮抗した支持者数が表示されている。
今回の総裁選は地方票が決め手になるという丸山に、司会者がそれを左右するのは何かと問いかける。
丸山は、やはり大きいのは世論です、と即答する。
そして丸山がその主張を補足する説明をし、それに対し司会者がなるほど、と相槌を打ったところで速報が入る。
「”加賀美文科大臣が響に暴行を受けた”?」
大臣への暴行、それをやったのが芥川直木の響と伝えられ混乱する司会者。
現場と中継が繋がっていると知りカメラを現場に繋ぐ。
中継画面に、文芸コンクール表彰式の会場である新宿青少年総合センター前で、マイクを持って表情を強張らせている女性レポーターが登場する。
「昨年15歳で芥川賞直木賞を受賞した『響』さんが本日、こちらで、加賀美文科大臣を殴りました! これから詳しい経緯を説明します!」
表彰式の会場の近くでは、会場から出ていく生徒たちにかたっぱしからインタビューしていく記者たちがいた。
典子の隣に座っていた清野もインタビューを受けるが、話すなと言われている、と記者と目を合わせることなく通り過ぎていく。
清野に無視された女性記者は次の生徒を物色していた。
そして目をつけたのが、帽子を目深に被ったリカ、そして典子だった。
ちょっといいかな? と呼び止められる二人。
リカは帽子のツバを摘まんでさらに深く帽子を被り、記者に背を向けて遠ざかっていく。
しかし典子は記者達に興味深々な様子でその場に立ち止まっていた。
「君達は今日の大臣殴った子が『お伽の庭』の『響』だって知ってた?」
「えー! なになにテレビ!?」
女性記者のインタビューにテンションを上げる典子。
「ヤバーい! 私ついに全国デビュー? かなちん、さきっぺ見てるー!?」
カメラに向かってピースをする。
君は表彰式出てないのかな…とトーンダウンする女性記者。
典子を置いて記者から離れたリカは、喫茶ソルトに入店していた。
4人掛けのテーブル席には響が文庫本を開いて座っている。
「……おまたせ。」
リカが帽子をとって響に声をかける。
「遅かったわね。」
文庫本からリカに視線を移す響。
「ごっめんねー!」
リカは若干の怒りを込めて、響の顔に、持っていた響のコートを投げつける。
「式終わっても鮎喰響は『響』だってマスコミ集まっちゃって中々外に出してもらえなくってねー!」
「なんかバレちゃった。」
響は顔からコートをどかす。
「とりあえずさっさと電車乗ろ! 周りマスコミだらけだよ!」
リカの呼びかけに響は、マジで、とだけ答える。
そのタイミングで、インタビューを終えていた典子が喫茶ソルトに合流する。
これからのこと
参宮橋駅。
電車のシートに並んで座る響、リカ、典子。
典子は大臣を殴った女子高生は地上初だと絶賛している。
ありがと、とだけ答える響。
典子の、日本の政治にアッパーカットとかそんなアレスか? という問いかけに響は、なにそれ、とだけ答える。
「響ちゃん、聞きたいことは山とあるけどとりあえず、これからどうする?」
真剣な表情をしたリカからの質問に、響も真剣な表情を返す。
リカは響の本名も通学している学校もバレたので翌日からマスコミが押し寄せてくるが、放っておいてもいなくなることは絶対ない、生活が一変する、とあまり明るくない見通しを語る。
なにそれ超こえー! と大げさにリアクションする典子。
続けてリカは、普通ならば大臣を殴った件と併せて、代理人、弁護士を立てた上で今後の対応を協議の上、記者会見をしなくてはいけないと続ける。
「なんとかなるでしょ。」
響は天井を見上げる。
「その時になったら考える。」
相変わらずの響に、リカは諦めたような表情で目を閉じる。
「困ったら私でもふみちゃんでも連絡して。なんとかするから。」
「ありがと。」
響は素直に礼を言う。
「で? 聖メアリーの子をリンチしたって聞いたけど?」
リカの突然の言葉に、ひどい! と典子。
響はさらっと答える。
「普通のケンカよ。」
帰宅した響を待っていた”友達”
北瀬戸駅に着いた響は、無事に帰宅していた。
ただいま、と言って玄関のドアを開けると、響は玄関に見慣れない男物の革靴が3足揃えて置いてあるのに気付き、思わず固まる。
そこに、おかえり、と現れた母。
その表情には戸惑いの色が浮かんでいる。
「えっとー…お友達が来てるんだけど?」
「……みたいね。」
響は革靴を見つめる。
「さて……」
一瞬で意を決したような表情に変わった響は、リビング? とだけ母に問いかけながら歩いていく。
「え? ひーちゃんの部屋に。」
さらっと答えた母を軽く驚いた表情で見つめる響。
だって友達っていうから、という母の言い訳に呆れつつ、響は自室へと歩いていくとそのドアを開ける。
「おかえり。」
部屋の中央で、加賀美大臣、秘書の北島、ボディーガードの男がトランプを囲んでいた。
傍らには母の用意した人数分のコーヒーがある。
人のトランプ勝手に使わないで、という響に、机の上にあったから、と謝る加賀美大臣。
そしてせっかくだからと響にサシでのババ抜きを提案する。
北島は今回の件について間に誰も入れずに話し合いたいということで、文化連から学校経由で住所を教えてもらった上でやってきたと説明する。
無言で見つめてくる響に、加賀美大臣は録音などしない、身体検査してもいいと主張する。
「何しに来たの?」
その響からの質問に、小説を読んだから約束通り感想を伝えに来たと答える加賀美大臣。
授賞式で加賀美大臣を殴った後去っていく際、響は加賀美大臣に、読んだら教えて、と言い残していた。
それを思い出し、響は加賀美大臣の対面に座る。
「私ババ抜きで負けたことないわよ。」
加賀美大臣は、本当に強い相手とやったことがないんだろ、と言って、涼しい顔でトランプを配り始めていた。
何か賭けるかと問いかける響に、まさか、私は政治家だ、と加賀美大臣はすぐに断る。
テレビ番組では北瀬戸高校前に立つ女性レポーターが映し出されている。
既に響に関する問い合わせを行っていたレポーターは、学校が生徒の個人情報を答えることは出来ないと断られていたこと伝える。
スタジオでは司会者が加賀美大臣が定例記者会見をキャンセルしたことを取り上げており、隣の席に座っている政治部の小池に、表彰式の一件が総裁選にどう影響するかと問いかける。
小池は前代未聞で予測がつかないと断りながらも、今回、加賀美大臣は被害者だが、相手は社会現象を起こす女子高生で揉めたからには理由があったからではないかとし、総裁選には良い影響は無いのではないかと結論する。
そして、記者会見をキャンセルした加賀美大臣は、所属している派閥である織田派の誰かと会って総裁選の戦略を立て直しているところだろうと予想していた。
向かい合ってババ抜きをする響と加賀美大臣。
加賀美大臣は淡々と自分の言葉で『11月誰そ彼』の感想を述べていく。
それを黙って聞きながらババ抜きを続ける響。
勝負の結末
ババ抜きは最後の2枚になっていた。
響からババを引いた加賀美大臣は、自分の持っている残り一枚の手札とババを合わせた二枚を響に向け、問いかける。
「『11月誰そ彼』は誰の為に書いたんだ?」
「目の前のあなたが読んでくれたなら、私の小説はあなたの為に書いたと思ってほしい。」
加賀美大臣の手札から一枚を引こうと響は手を伸ばす。
「感想も、あなたが感じたことが全て。私からつけ足すことも引くこともない。」
真剣な表情で見つめ合う二人。
響は見事に数字の札を引き、加賀美大臣に勝利する。
「まいった。」
あっさりとした態度で自分の負けを宣言する加賀美大臣。
そろそろお暇するよ、と立ち上がる。
そして、明日にもマスコミに家が知られるので警備や警察は私が手配しておく、と言いながらスーツを羽織ると、今日は悪かった、と目を閉じて謝罪する。
響はじっと加賀美大臣を図るような視線で見つめ、ありがとう、と返す。
「借りを作るのは嫌だから、代わりに今、ここでの会話の録音は何に使っても怒んない。」
響の反応に、北島とボディーガードが息を呑む。
加賀美大臣は懐からICレコーダーを取り出し、助かるよ、と笑う。
「とにかく響と仲が良いってアピールは必要なんでな。」
「………」
響は呆然と加賀美大臣を見つめる。
そして、部屋を出ていく加賀美大臣と二人の連れに追い縋り、ちょっと、と声をかける。
「もしかして今のババ抜きわざと負けた?」
響に振り向いた加賀美大臣が少しの間をおいて答える。
「……女子高生相手なら負けた方が好感持たれる。」
その言葉に弾かれたように加賀美大臣に挑みかかる響。
ボディーガードが響を受け止める。
「離して!」
加賀美大臣は、響をガッチリ捕まえているバディーガード――磐井に、鮎喰家に残って警備について親御さんに説明しろ、と命じる。
はい、と答える磐井。
鮎喰家を出る加賀美大臣と北島。
「待ちなさいよ! ちゃんと本気で勝負して!」
響の食って掛かる声が家の外に響く。
本当にわざと負けたのか、という北島の問いに加賀美大臣は、さあ、とだけ答える。
感想
操作されていた?
結局、加賀美大臣の方が一枚上手だったようだ。
さすがは日本のトップに就こうかという人物なだけある。
政治家として常に権力闘争は意識してるだろうし女子高生の行動を操作する程度は何でもないわけだ。
加賀美大臣が本当にババ抜きで手を抜いたのかに関して、真相は分からない。
しかし北島と磐井の反応を見る限り、響が心を許してICレコーダーの録音及び公開を許してくれるところまで加賀美大臣が読み切っていたと見て間違いないだろう。
小説の感想をその日のうちに伝えに来てくれたこと、そしてババ抜きで真剣勝負をしたことで加賀美大臣にはある程度、響から信頼を獲得できると確信していた。
響はとびぬけた天才だけど、加賀美大臣との人生経験の差は如何せん大きいようだ。
今後は磐井がリーダーとなって響の警護をする展開が予想される。
ということは、加賀美大臣と北島は今後もまだ出て来るんじゃないかな。
とりあえず、響vs加賀美大臣は表彰式では響の勝ちだったけど自室では負け。つまり一勝一敗。
いや、響が控室で加賀美大臣に録音されていたのに気付かなかったのも含めると響の負け越しかもしれない(笑)。
双方の損害
響の”一勝”と言ってよい表彰式壇上での一撃が、加賀美大臣に与えたダメージはあまりにもでかかった。
そりゃ、女子高生に大臣が殴られるなんて話題にはかなりのインパクトあるもんなー。
ただ、その相手が『響』だったのはピンチでもあったがチャンスでもあったと思う。
響との会話の録音データを使って仲の良さをアピールすることで総裁選の決定打になるとしたら加賀美大臣にとってはプラスとなる。
正直、仲の良い人との会話をわざわざ録音するか、とか、どういう媒体を使ってどう公開するのかなど音声の使い方や効果に関して一定の疑問はあるけど、とりあえず加賀美大臣が直面していた危機に関しては事態の好転が望めそうな感じで終わった。
加賀美大臣にバラされなかったとはいえ、結局はマスコミに『響』だとバレた以上、響の方がダメージがでかかったように思う。
響の受難の日々はいよいよこの翌日から始まるわけだ。
次の戦いは決まった相手ではなく、社会の関心?
一体響は姿の見えない相手に対しどう戦っていくのか。
いつものように真正面からぶつかると敵は逆に膨れ上がる。
あえて敵を定義するならマスコミになるんだろうけど、次に来るマスコミはいつぞやのような週刊誌記者だけではない。
それも一斉にやってくるわけで、一人一人対処していたらその様子がスクープされて事態が燃え上がってしまう。
暴力による実力行使で何とか事態を打開しようとして、その様子を激写されたらマズイ。
響本人はリカと典子の前でいつものように泰然としていたけど、今後マスコミに色々としつこく探られ続けるので、これまでのようにゆっくりとした日々は訪れないという覚悟はしているのかもしれない。
何か妙案があれば面白い。
響がただ耐えるシチュエーションは、その後のカタルシスには重要だけど欲求が溜まる。
何か起死回生の策を期待したい。
以上、響 小説家になる方法 第83話のネタバレを含む感想と考察でした。
第84話に続きます。
加賀美大臣にとって絶好のチャンスですよね。
加賀美大臣が、「殴られる原因は自分にあった。鮎喰響さんとは理解を深めることができた」と発言すれば総裁選で圧勝でしょう。
響の高校は、「お伽の庭の作者であることの確認」「大臣を殴ったことへの処分」での電話対応に追われることは確実。
校長、響のクラス担任、文芸部顧問(黒島智)の責任も問われますよね。
響の父親のいる市役所も電話対応に追われることになりますよね。
この流れは加賀美大臣の勝利(?)っぽいですよね(笑)。
さつさんの仰るような対応で加賀美大臣の知名度や株は上がりそうです。
そして、響に関しては困難ばかりが立ちはだかっているように思えてなりません。
確かに文芸部顧問の黒島も騒動に巻き込まれますよね……。
彼は最近ではちょっと改心していたように見えたし、あまり苦しんで欲しくないですが、でも頭抱えてヒイヒイ言ってるのも面白いかな(笑)。
響の両親はある意味一番の被害者になるでしょうね。
響はどこまでもマイペースを貫けるでしょうけど両親は……。
ただ、父はいざという時には響を彷彿とさせる迫力を見せますし、母もちょっと惚けているものの芯は強そうなのでこの局面でも壊れずに乗り越えてくれるのではないかと思ってます。