第36話 役割
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脅迫
「ずいぶんと本があるのね。」
壁一面の本棚を見つめる響。
「記者ってのはやっぱり本をよく読むの?」
「………」
響の後ろで立ち尽くしている記者は響に問われても言葉を何も返すことができない。
本棚の脇の段ボールに腰を下ろす響。
窓から、満月の浮かぶ夜空を見上げる。
記者は、「奇麗な月…」と呟く響を何の言葉をかけられずにただ見つめている。
「勇太くんも同じ月を見てるのかしらね。」
記者を見上げて問う響。
記者の表情に怯えの気配が漂う。
響は、勇太の写真が入っている写真立てを手に打ち付ける。
「もう一度言う。」
「私のことは記事にしないで。」
怯えの浮かんだ目で響を見る記者。
(……脅迫してるつもりか。)
(ガキが、小説の読みすぎだ。)
記者は強がりながらも、響が実際に新人賞受賞式でパイプ椅子を振りまわし、記者のカメラをためらいなく破壊したこと、そしてなにより、実際にこうして記者の家までストーキングしてきたことを振り返る。
(……まともじゃない。)
記者を真正面からにらみつける響。
「…誤解があるみたいだけど、」
ようやく口を開く記者。
「響さん、別に週刊誌はアンタの敵じゃないよ。」
響のことを雑誌で取り上げてれば2か月後に出版される単行本の宣伝になると響を説得にかかる記者。
自ら自分のネタをタレこむ芸能人もいるし、女子高生の響ならファン拡大につながる、と自分の主張を展開する。
響は黙って写真立てを何度も手に打ち付ける。
写真立ての中の笑顔の勇太が記者を見ている。
「……わかった。」
観念したような表情の記者。
響は「分かってくれたか」と穏やかな笑顔を向ける。
「『木蓮』編集部の記事チェックを通します。写真にはモザイクをかける。」
諦めていなかった記者。
「それで…」
響は再び写真立てを手に打ち付ける。
記者は、響の異様な様子から目が離せない。
「……アンタ、親は作家さんか何かか?」
「……違う。」
「小説書くために相当の努力はしたんですよね? 物心つく前からペンを握らない日はないとか…」
「特に何も。」
「じゃあいーじゃねーか、何書かれても。」
記者はベッドに腰かけて肩を落とす。
努力や特別な家庭環境もなく、気づいたら天才だった。
そんな、隠れた才能があった、という事態を誰でも一度は夢見る。
芥川賞と直木賞にダブルノミネートされる15歳なんて天才にも程がある。
あることないこと書くわけじゃないんだから、粗探しの一つや二ついいだろう。
「才能ない奴に妬まれるものひがまれるのも、天才の役割だろ。」
記者は、そこまで一気に自分の主張を展開する。
響は少し間をおいて口を開く。
「同じことを三度は言わせないで。」
記者はじっと床を見つめている。
「……出てってくれ。」
記者は、響が本当に何をするか分からないから諦める、とサバサバした様子で話し始める。
「別れた嫁の所にいるとはいえ、仕事より子供が大事だ。」
響は写真立てを元の場所に置く。
響は、ベッドに座って肩を落としている記者を見下ろす。
「……記者になりたいの?」
記者はその響の質問に直接答えない。
「……響さんは、週刊誌の記者なんて汚い商売だと思ってます?」
「さあ…」
「汚い商売だよ。」
憑き物の落ちたような表情で記者が続ける。
「他人の恥部を世間に晒してメシ食ってんだから。」
取材対象を潰したいわけじゃない、そんな記事は読まれないと言う記者。
「オレは読者が救われる記事を書きたい。」
「どんな天才にも人間らしい欠点があるんだって伝えたい。」
「じゃなきゃオレら普通の人間は救われないよ。」
響は黙って記者を見下ろしている。
「もし芥川・直木をとるようなことがあったら、どんな手使っても取材してやる。」
「……そう。」
響の表情からは記者を威圧する剣幕は消えている。
記者の部屋を後にする。
練馬駅で券売機の前で手持ちのお金を確認すると、160円しかない。
駅員に北瀬戸駅までの運賃が1320円から聞いた響は160円でどこまで行けるのか問う。
初乗り170円だからどこにも行けないと言う返答に、なるほど、とだけ呟く。
自動販売機で缶ジュースを買う響。
栓を開けて才能か、と呟き缶ジュースを飲む。
「さて、歩くか。」
空の缶を背後に放る響。
見事に缶用のゴミ箱に吸い込まれる。
寒い…、と一人呟く響の背後から響の首ににマフラーが当てられる。
響が振り向くと涼太郎だった。
お帰りですかフロイライン(お嬢様)、と気取った台詞を言う涼太郎に、来てたの、とだけ言う響。
用事は済んだのか? という涼太郎に響は、うん、とだけ返事をする。
涼太郎は、響に巻いたマフラーを自分にも巻く。
マフラーで繋がった二人。
「何の用事だったんだ?」
「秘密。」
「そっか。」
涼太郎は、それ以上響を問い詰めることをしない。
思いつきで動くなよ、往復のお金を計算してと言う涼太郎に、響は、保護者面しないで、と返す。
「じゃあオレがいなきゃどうするつもりだったんだ?」
「2、3日も歩けば家に着くでしょ。」
「ったく、だから目が離せないんだ。」
涼太郎は目を閉じ、口元に笑みを湛えて穏やかに言う。
少しの間のあと、涼太郎に、もし自分にすごい才能があったらどうする? と問う響。
なんの才能か、という涼太郎に響は、なんでもいい、と答える。
「100mを1秒で走れるとか。空が飛べるとか。」
涼太郎は、持ってみないとわからないけど、今の生活に満足してるし何もしないだろうと答える。
自分で言うのもなんだけど、と前置きし、スポーツも勉強もそれなりにできるし、と涼太郎は淡々と言う。
「響は可愛いし…」
響は涼太郎に何か言いたそうに、しかし無言でじっと涼太郎を見る。
才能を発揮して現状が壊れる方が嫌だ、と言う涼太郎。
「空は飛べなくても、響がいてくれればそれでいい。」
響はうんざりした表情を浮かべる。
「そういう話じゃなくて。本当使えない…」
「いや、誰のおかげでこれから電車に乗れると思ってんだ。」
自宅に着いた響。
ただいま、と言う言葉に被せて母が、こんな時間までどこに言っていたの、と言う。
父は、涼太郎が一緒にいてくれたみたいだし、と母をたしなめる。
翌日の教室。
響は着席して一人黙々と読書をしている。
響の周りのクラスメイト達はそれぞれのグループで顔を合わせておしゃべりをしている。
他愛のない会話に囲まれ、響は読書を続ける。
感想
響の色々な表情が見ることが出来た回だった。
笑顔かわいい。
うんざいりした表情もいい。
響のキレっぷりにビビッた記者の漏らした本音が悲しい。
「どんな天才にも人間らしい欠点があるんだって伝えたい。」
「じゃなきゃオレら普通の人間は救われないよ。」
正直それで響の理解を得られるはずもない、何の言い訳にもなっていない言葉だ。
響は肩を落とす記者をじっと見つめていた。
仕事だということは抜きにして、なぜ記者がそんなことをする必要があるのか、記者本人の言葉から理解は出来ても、納得は出来ていないのではないか。
結局のところ響の考えは分からない。
涼太郎に、もし才能があったらどうするのかと問うが、どんな答えを期待していたのか。
響の100mを1秒で走るのも空を飛ぶという例は才能とは違うような気がする(笑)。
人体の制約、限界を遥かに越えた、努力では決して辿り着かない領域の話だろう。
確かに響の飛び抜けた感性と文才はそういう領域に近いのかもしれないけど、響はやはり世間からズレている。
そして、それこそが才能の裏返しだということだろう。
響は、自分には才能があるということを自覚していない。
普通に生きているだけ。
理不尽な扱いを受けたら所かまわず打撃を加えることで即反撃するブッとんだ行動も響にとっては普通の事なんだな。
以上、響 小説家になる方法 第36話 役割のネタバレ感想と考察でした。
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