堀尾省太は岩明均を髣髴とさせる天才。年齢やインタビュー記事から分かったことまとめ。

堀尾省太

堀尾省太先生は、今、とても注目の漫画家です。

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連載デビュー作である刻刻寄生獣やヒストリエの岩明均を髣髴とさせると漫画読みに衝撃を与えました。

 

現在はゴールデンゴールドをモーニングツーで連載中の堀尾省太先生に関して調べました。

 

堀尾省太先生の経歴

堀尾省太

1973年生まれ。広島出身。

九州産業大学卒業。

1996年に数々の著名な漫画家を輩出した講談社四季賞を「磯助」で受賞。

2008年~2014年まで「刻刻」をモーニングツーで連載。

2015年から「ゴールデンゴールド」をモーニングツーで連載中。

 

アシスタントとして師事したのは高橋のぼる先生(代表作土竜の唄)、能條純一先生(月下の棋士)。

 

外見が滅茶苦茶若く、40歳を超えているのに20代でも通るくらいの驚異の青年ぶりです。

 

子供時代 – 同じ漫画を再読する日々

幼い頃から漫画を買ってもらうことはなく、もともと親が持っていた白土三平作品のみだったそうです。

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白土三平のカムイ伝、忍者武芸帳影丸伝といった作品に親しみ、特に影丸伝の忍者の身体描写に感動し、現在の創作にも技術的な部分で役立っているといいます。

ようやく買ってもらった漫画はだしのゲンにはじまり、その後は年齢が上がるとともにドラえもんを始めとしたコロコロコミック全般、さらにリングにかけろを読み、ようやく親の影響を全く無視して自身で買った作品が、釣り好きということもあって釣りキチ三平だそうです

リアルタイムで読んでいた漫画が少なく、子供の頃はひたすら同じ漫画を繰り返し再読しており、それが漫画家になる上での勉強だったのかもしれないといいます。

高校時代 – 銀河鉄道の夜を漫画化

高校の時にご自身の好きな銀河鉄道の夜を漫画に起こしたことがあり、その際はかつてレンタルしていたビデオの音声を録音したものを聞きながら描いていたそうです。

 

大学ノート4冊分にもなる大作を試験勉強そっちのけでまるで逃避するかのようにして描いていたといいます。

 

しかし堀尾先生は、別に美術部に入っていたわけではないそうです。

 

完成した銀河鉄道の夜をあとから銀河鉄道の夜のアニメ作品と見比べたら大分違っていたとのこと。
銀河鉄道の夜には3年がかりで取り組み、好き勝手に描く喜びを知ったという堀尾先生の、それが創作の原点と言えるかもしれません。

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そうして絵を描くこと、アニメに魅せられていった堀尾先生は、当初はアニメの学校である代々木アニメーション学院に行こうと考えたそうです。
しかし親から説得されて大学に進学したそうです。

大学時代 – 就職不安から漫画家を志す

九州産業大学に進学し、学生寮に入った堀尾省太青年は、そこで後に講談社で漫画家として活躍する吉開寛二先生と共通の知人を介して出会います。

 

同級生である吉開氏とは銀河鉄道の夜の原稿を見せます。
しかし、漫画をガシガシ描く大学時代、とはならなかったそうで、卒業の時期になってから、ようやく思い出したかのように描き始めます

 

そもそも漫画家を目指したのは、大学の途中で、時代がバブル崩壊後どんどん不景気になっていく社会を見て就職が困難だと感じたからだそうで、元々何も持っておらず失うものも無いから漫画方面に進もうという、そこで何とかなれば儲けもの、くらいの考えだったそうです。

 

ちなみに大学で出会った吉開氏からは卒業後、大いに影響を受けたとのこと。

デビューまで12年も力を蓄える

1996年、22歳の時に仕上げた2作品を一気に四季賞に送ります。

 

一緒に送った1作目は、審査員の心象的にマイナスになるかも、という担当者の判断で選考に出さず、2作目のオリジナル作品だった磯助が見事、講談社四季賞を受賞

 

しかし順調に連載獲得、とはなりませんでした。

 

四季賞を同時期に獲った他の作家の作品のクオリティに圧倒されてしまいます。

特に遠藤浩輝先生(EDEN、オールラウンダー廻、ソフトメタルヴァンパイアなど)の読み切りに圧倒され、それが堀尾省太先生にとっての基準になりました

 

遠藤浩輝先生は漫画界の天才の一人です。なので、これは物凄く高い基準と言えます。
ひょっとしたらこれも堀尾先生の漫画のクオリティが異常な要因の一つなのかもしれません。

 

遠藤先生のような確固たる画力を身につけるべく、刻刻を連載する2008年までの12年もの期間の中で、高橋のぼる先生の元で3年、能條純一先生の元で6年、売れっ子漫画家の元でアシスタントをしながら力を蓄積します。

その技術の高さからアシスタントとして手伝った先生たちからの信頼は厚かったそうです。

 

絵の影響としては6年手伝っていた能條純一先生から受けた影響が大きいそうです。
背景の描き方、コマの使い方など、作品作りに大いに影響を受けているにも拘わらず、それを誰にも指摘されたことがないくらい自分の物にされています。

 

アシスタントをしながらも並行して漫画賞への持ち込みは続けていた堀尾省太先生はミスターマガジン(2000年に休刊)で弘兼賞に2回入選し、作品の掲載が決まりますが、なんと、その直後にミスターマガジンは休刊してしまいます。

 

その後、モーニングで連載を狙う日々が続きますが、堀尾省太先生の作品へクオリティの探求心があまりに強く、ネームの一か所を修正するのに何か月もかかったりするという恐ろしいまでの完璧主義という、一種の病へと陥ります。

 

アシスタントをしている時間が長くなり、背景ばかり描いていたことでその代償として肝心の人物画のクオリティが追いつかなくなってしまったこともあるとのこと。

 

もうこの時点でプロ中のプロとしての腕を持っていたと言えるでしょう。

 

背景を描くのは嫌いではないが、他人のではなく、自分の漫画の背景を描きたいと思うようになり、連載したい気持ちが固まっていきます。

刻刻を連載

連載への気持ちが高まっていた堀尾省太先生は作品のアイデアを当時ハマっていたゲームのSIREN(サイレン)から思いつきます

 

SIRENは田舎の村という閉鎖空間でゾンビのようになった村人たちから逃げたり戦ったりして生き残るサバイバルホラーゲームです。

 

閉鎖空間の中でバトルするというざっくりとしたアイデアから刻刻は開始します。

 

連載当初、考えられていた展開は止界(止まった時間帯)に入って、そこで敵と出会い、その場で爺さんが殺されてしまう、というものだったそうです。

 

しかし、実際の作品では爺さんが最初に死ぬ、という展開はありません。

 

つまり刻刻は、決まっていたのは物語の導入だけで、その後は設定に沿ってその都度展開が考えられた上で描かれた物語だった、ということです。

 

刻刻は常に目が離せない緊張感のある物語でした。最初から最後まできちんと考えられた上で綴られた物語だと思っていましたが、これには驚きました。

 

堀尾省太先生はとにかく物語を細部までどんどん考えすぎてしまうため、モーニングツーが創刊されたタイミングに合わせて連載開始に向けて準備します。

 

当初モーニングツーは年三回発行の雑誌で時間的に余裕があると考えていたのが、雑誌の2号が出ると好評の為すぐに隔月になり、その後さらに月刊へと発行期間がどんどん短くなっていきます。

 

堀尾省太先生の連載が決まった頃には月刊になっており、連載開始後、5話目以降からアシスタントに手伝ってもらうことになります。

 

約10年もの間、売れっ子漫画家の先生の背景を描き続けてきた堀尾省太先生の満足いく背景技術を持っているアシスタントはそうそういません。

 

また、背景にこだわりのある堀尾省太先生がアシスタントに描いてもらいたい背景の指示も、止まった世界を描く困難さも相俟って難しいものになります。

 

その後、技術の高いアシスタントに入ってもらえるようになり、刻刻は2008年から2014年まで6年もの間、連載され、漫画家『堀尾省太』の名を一躍高めました。

これは絶対に後悔は無いと断言できます。

 

漫画に対する採点が厳しい事で有名な水木しげる先生も褒めていた怪作と言って良いでしょう。

ゴールデンゴールドを連載

2014年に刻刻の連載を終え、1年の期間をおいて2015年末にモーニングツーでゴールデンゴールドが連載開始となります。

 

刻刻連載終了から連載開始までの1年間の内、半年は休養をとり、残り半年でゴールデンゴールドの構想を練ったりネームを切ったりしていたそうです。

堀尾省太代表作品

ゴールデンゴールド

小説の舞台となる島に似ているとして寧島に取材に来た小説家黒蓮は、宿泊先の民宿で異様な妖怪のような存在に出会う。

 

それは、民宿を営む祖母を持つ琉花が海岸の岩場で拾ったぬるぬるした人形のようなものが、琉花の「アニメイトが建つように」という願いによって復活した姿だった。

 

アニメが好きな男の子である及川を島に引き留めるための願いが復活させた「フクノカミ」は、客を引き寄せてお金を使わせるという能力を持っていた。

 

琉花と同居する祖母はまるで「フクノカミ」に憑りつかれたように、それまで細々と営んでいた事業を猛烈な勢いで拡大させる。それは徐々に周辺の商売との軋轢を産んで島に争いの種を植えていくのだった。

刻刻

父と長男がニートで、それを受け入れてしまっている女性陣という停滞感に満ちた佑川家。

 

孫の真を幼稚園に迎えに行った長男の翼は、真との帰宅途中に謎の集団に誘拐される。

 

佑川家にかかって来たその誘拐団からの電話は「身代金500万を7時20分までに所定の場所に持ってこい」というものだった。

 

時刻は6時54分と警察に連絡していたら間に合わない。そもそも車は母が使っており、焦った長女の樹里は包丁を腹に忍ばせ場所に向かおうとする。

 

樹里を止めようと父がもみ合い、場が混乱する中、一人慌てた様子もなく冷静な祖父は二人を呼び寄せて「努力」と書かれた両国国技館土産の石の塊の置物をテーブルに置き、穴に一滴血を垂らす。

 

その瞬間、時が止まる。自分たち以外の全てが停止する「止界」と呼ばれるその空間を、祖父、父、樹里の3人は自由に動くことができた。

 

6時58分から59分へ切り替わろうとする時点で止まった時の中、3人は誘拐団の指示した場所へと翼と真を救いに出向く。

 

しかしそこで、本来あり得ない、自分たちと同じように止まった時の中を動く人間が佑川家を待ち構えていたのだった。

 

佑川家と、謎のヤクザとその背後に蠢く教団との「6時56分」の止界での戦いは加速度を増し、混戦していく。

堀尾省太と岩明均が似てる!?

主に2つです。

・民俗学・歴史学

・完璧主義

完璧主義

これは全てにおいてといえるでしょう。

 

物語のクオリティ、演出、作画の全てに対して妥協を知りません。

 

安定してクオリティの高い作品が望めるのですが、弱点としては作品数が少なくなりがちであるということです。

 

岩明均先生はさすがにキャリアがあるので作品点数はありますが、しかし本来はもっと多くても不思議ではありません。

 

現在連載中のヒストリエは月刊アフタヌーンに掲載されている作品なのですが、現在、毎月載る前提で掲載されていないようです。

 

下手すれば次の話までの間隔が何か月も空きます。

 

ヒストリエ1話が載ったのが2003年なので、1年に1冊出ないペースです。

 

岩明先生は漫画のクオリティ追及に余念がありません。完璧な物を出そうとして時間がかかるのだと少なくとも自分は理解していますし、多分、他の読者も同様の感想でしょう。

 

そして、本項で取り上げている堀尾省太先生に関しても、いざ連載が始まってしまえばきっちりとこなしますが、同時期に活躍していた漫画家の作品を見て、力を蓄えて連載デビューするまでに10年以上を要したというエピソードの通り、その本性は、クオリティーに恐ろしくこだわりを見せる完璧主義者です。

 

高い技術のアシスタントに手伝ってもらっていることもあり、しっかり書き込まれているのに漫画としてとても見やすいという職人芸。

アシスタントの技術のみならず、ご自身の豊富なアシスタント経験で培った背景技術で得たセンスを発揮して的確な指示をしているに違いありません。

背景を描くのが好きな堀尾先生なので、恐らくご自身でも手をいれていらっしゃるのではないでしょうか。

 

背景を省く、のではなく、おろそかにする漫画家もいる中で、堀尾省太先生の漫画はその作画クオリティが半端じゃありません。

 

刻刻連載当初はなるべくアシスタントを使わず独力でやろうという傾向があったそうです。

自分でやりたい、という欲求は幽遊白書連載時の冨樫義博先生にもみられた傾向です。

 

刻刻連載の途中で堀尾先生の要求に応え得る高い技術を持つアシスタントに出会えたとのことで、現在でも手伝っているのかどうかは不明ですが、堀尾省太先生の作品はたくさん読みたいのでなんとか頑張ってほしいところです。

 

あと、人物描写も心なしか似ているように感じる時があります。絵が似ている、というか描き方が似ているんです。

 

緊張した場面でもふっと気が抜けるようなコマがあったり、そういう緩急を入れてくる事でそこにいる人間にリアリティを感じます。

 

人間って緊迫した場面でもちょっと笑っちゃうような事とかありますよね。何と言うか、そういう人間の心の機微を描くのが巧いというのか……。

 

登場人物を愛さずにはいられないと感じます。

民俗学・歴史学

岩明均先生は「七夕の国」で民俗学を、「雪の峠・剣の舞」「ヘウレーカ」「ヒストリエ」で歴史をふんだんに活用した話作りをします。

 

それらは決して難しくなく、わかりやすく読めます。

 

堀尾省太先生の初連載作「刻刻」は偶然止まった世界に入った主人公が敵対勢力と戦う話ですが、敵対勢力のボスは伝承などから止まった世界の秘密を探っていきます。

 

ゴールデンゴールドでも歴史物の作家から聞いた話によって考察する場面があります。

 

岩明先生も堀尾先生も、アカデミックな要素を物語に無理なく取り入れ、それによりリアリズムを増すのがとても上手な作家さんだと思います。

 

これは本質的に頭が良くないと出来ません。

堀尾省太先生まとめ

寡作ですが、出す作品が全てとんでもないクオリティーという堀尾省太先生。

1996年に四季賞を受賞し将来を嘱望されながらも、2000年代後半になってようやく日の目を見た天才は、ようやくその才能を遺憾なく読者に向けて発揮してくれるようになりました。

時間がかかったのはご自身の求めるクオリティのハードルがそもそも超高いためでした。

淡々と仕事のクオリティを上げ、ついには有名作家のアシスタントとして絶大な信頼を得るようになり、満を持して連載することになる刻刻は辛口で有名な水木しげる先生から褒められるほどに素晴らしい作品となります。

そして刻刻終了から1年ちょっとで次作ゴールデンゴールドを連載開始という嬉しい仕事っぷり。

漫画のクオリティは益々上がり、一体堀尾先生はどこまで自ら高く設定した漫画道を突き進んでいくのか。

今後も正座して玉稿を待ちつつ、いち読者として見届けたいと思います。

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